百三十七歩目。 ページ38
Aの"切り取られた"過去。
―NOside―
ガラッ
『おとーさん！！たのもー！！』
「ははっ、なんだそれ。また新しい挨拶を覚えたのか？A」
『うん！テレビでみた！！』
扉を開け放ち、少女が父親に話しかける。
父親は笑いながら少女を手招きし、駆け寄った少女を優しく抱き上げた。
膝の上に少女を乗せて慣れた手つきで靴を脱がせる。
床に靴を置いたあと、すり寄ってくる少女の頭を撫でた。
その腕は成人男性にしては細く、腕に刺さった針からチューブが伸び、輸液袋に繋がっている。
少女がやってきたのは入院する父親の個室だ。
「お母さんはどうした？」
『はしってたからわかんない』
「危ないから走っちゃダメだろ？」
『早く会いたかったんだもん。おとーさんもAに会いたかったでしょ？』
「もちろんさ。でも今度からは歩いて来てな、Aが転んだりしたら心配するから」
『ん！わかった！』
「Aは良い子だなぁ、なでてあげような〜」
気持ち良さそうに目を閉じる少女を父親は愛おしそうに目を細めて頭を撫でる。
半年前、父親が突然倒れた。職場だったこともあってすぐに救急車が呼ばれた。
緊急搬送先で本人と妻である母親に伝えられたのは脳腫瘍があること。
治療は難しいが、今の医療技術をもってすれば長期間かけて治すことができると言われた。
そのまま入院し治療を始めている。既に半年、治ってはいないが進行は抑えられている。
父親が家に帰ってこなくなったことに少女は泣き喚いたが病院に行けば会えることを知って落ち着いた。
保育園からの帰りにはそのまま寄って、休日にも訪れ毎日のように会っている。
「今日は保育園で何したんだ？」
『んーとねぇ、おべんきょーした！』
「...お友達と？」
『んーん、Aはひとりだよ。みんなAといっしょだとおこるもん』
「そうか...、寂しい思いさせてごめんな」
『？？なんでおとーさんがあやまるの？Aさみしくないよ。かえったらおかーさんとおとーさんに会えるもん』
少女は5歳。"個性"はあるが、未だに発現していなかった。
いや、正確に言えば発動条件がそろっていないだけだ。
少女の"個性"を知っているのは診断した医師と両親のみ。少女には"無個性"だと伝えている。
この時代、"無個性"の人間は少ない。
故に、子どもの間ではそれがいじめの原因になってしまう。
「"無個性"がうつる！」「こっちくんなよ！」
少女は保育園に仲の良い友人なんていなかった。
▽
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 93人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：えると。 | 作成日時：2023年3月6日 22時
