54：聞いてほしい ページ15
天が社長室に入ると、そこにはだれもいなかった。鍵が開いているのでだれかいると思ったのだが、部屋の持ち主は外出中なのだろうか。社長に用があってきたのに出直すしかない。
部屋をでようと扉に向かうと、ソファの上に人がいた。
「・・・！」
驚いた。そこにいたのはAだった。
「寝てる」
近寄ってみると、Aは横になって寝ていた。
短いスカートが際どい角度で視界に入って、天は思わず着ていた上着を彼女にかける。
なぜこんなところで眠っているのだろう。社長になにか用事があったのか？
しばらく彼女の寝顔を観察してみる。
――陸もよくこんな顔して寝てた。
眠っているAは天使と言われても不思議ではなかった。
「起きて」
しかし、このまま寝かせておくわけにもいかない。
天がAの肩を揺すると、Aは薄っすらと目を開く。
「ん」
「風邪をひく」
天が声をかけると、Aはまばたきを繰り返したあとに、飛び起きた。
「わっ・・・九条さん！！」
飛び起きた、かと思うと、Aはそのまま天の腕を引き寄せた。
「！ どうしたの」
急に腕を引っ張られて天はいろんな意味で心臓が止まるかと思った。
Aが天の手を両手で包み込む。
「ユウリが、ユウリが」
何度もそう繰り返すので、だいぶパニックになっていることが天にもわかった。
「落ち着いて」
Aに手をとられたまま落ち着くように促すと、Aは深く深呼吸をして、天の瞳を見つめた。どきり、とした。
「ユウリが、来てくれたんです」
Aの瞳に涙がにじんでいる。今にもこぼれそうだ。
「よかった。九条さんが、いったとおり」
彼女の手は震えていた。けれど、天の手をしっかりと掴んで離す気はなかった。
「すぐに戻ってくるって」
Aがあまりにも一生懸命話すので、天はただ聞いていることしかできない。
「待っててよかった。ありがとうございます」
とうとうAの瞳から涙が一筋こぼれだしても、天は動かなかった。よく泣く子だ、と少し笑った。
「ありがとうございます」
Aはとても嬉しそうに笑う。泣きながら。
この前、カメラに向かって笑っていたAの笑顔とはまた違う。
この笑顔のほうが本物だ、と天は思った。
できることならそのまま抱きしめてしまいたかった。
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作者名：兎田夏
| 作成日時：2017年1月1日 0時
