53：おそろしいほど ページ14
それは突然だった。
「おー！ A、音っち、久々だね〜！」
アイラビットの控室にユウリが飛び込んでくる。
扉を開ける勢いが強すぎて、部屋に振動が伝わった。
「！！？ ユウリ先輩っ！？」
ユウリの登場に音葉が思わず席を立ちあがった。
「ユウリ」
Aはしばらく状況を理解できなかった。目の前にユウリがいる。
「連絡もなしで何してたんですか！？ あれからずっと、大変だったんですよ！」
音葉がユウリに駆け寄って、その勢いのまま彼女の制服の胸元を掴み上げた。殴りかかる勢いだった。いつもより声が低い。固まっているAがさらに身を固めたほどだ。
「ごめんごめん！ ちょっと家の用事で手が離せなくてさ！」
音葉とは裏腹にユウリはいつもどおりのへらへらした表情を見せた。
両手を上げて降参のポーズをとっている。
「っ・・・すみません」
ユウリに見つめられて音葉ははっとした。慌てて手を離し、うつむいて謝る。
ユウリは音葉の頭を撫でてから、部屋の奥にいるAに目をやった。
「Aもごめんね。こわかったでしょ」
急にユウリが優しい笑顔を見せたので、Aは心臓がきゅっと縮まるような気がした。
待っているときよりも、いまのユウリの笑顔が一番こわかった。
「だ、大丈夫？ ユウリ」
「うん、ヘーキ。もう大丈夫だから」
答えたユウリはやっぱりいつもの笑顔だった。テンションもいつもどおり。
Aは手が震えた。Aが不安なとき、ユウリはよく手をつないでくれる。あのとき、天に聞かれたとき、大切な人と言われて真っ先に浮かんだのは、ユウリのことだった。ほかの誰でもない、仲間のことが大切だと思った。本当に大切な人は、Aの手をつなぐことさえしてくれない。
「ありがとう、A、音葉」
ユウリがそう口にすると、音葉は栓が抜けたように泣き出した。
Aは両手を見つめる。彼がつないでくれた手の温もりがまだ残っている気がした。
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作者名：兎田夏
| 作成日時：2017年1月1日 0時
