81：彼のこと ページ42
「音葉？」
『先輩、こんにちは』
意外にも音葉はすぐに電話にでた。音葉の声はまるで別人だった。
「音葉。音葉は」
『僕は僕です。わかってます。変わらない。どんなことをいわれても。だれがどんな目で僕を見ても』
音葉はAの言葉を遮って早口で答えた。
音葉の声は、よく聞けば男の子のものだった。
それもそのはず、音葉は正真正銘、男だった。Aはそのことを知っている。ユウリも。もっといえば、クラスメイトも、音葉の周りの人ならだれだって知っていた。隠していたわけではない。
でも、ファンにとっては隠し事と同じだった。
アイラビットは女子高生ユニットとして売り出されてしまったから。
『A先輩もユウリ先輩も、優しすぎます。こんな僕と一緒にいてくれて』
音葉の声は今にも泣きだしそうだった。
「音葉のほうが優しいよ。わたしがどんな失敗をしても、いつもかばってくれて」
Aは思い出す。
音葉と始めて出会った時のことを。初対面で彼が「好きです」と告白してきたことも。
『だめなんです。何度も先輩のもとへ行こうとしたのに。どうしても動けないんです。みんなが僕のことを見てる。どんどん噂が大きくなる。僕はこんなに弱くないはずだったのに。どうして先輩のもとへ行けないんでしょう』
ネットでは音葉が男である、ということともに、根も葉もない噂がどんどん広がっていた。
音葉は中性的な顔立ちで、小さいころから女の子らしいかわいい服がよく似合った。姉が三人いるので、よく彼女たちの服を着せられて遊んでいた。そのまま、そういうキャラで生きてきただけだ。ただそれだけ。女の子になりたかったわけではない。
「音葉を傷つけて、ごめんね」
電話の向こうの音葉に、いますぐ会いたいと思った。Aが巻き込まなければ、音葉はありのままの自分で堂々といられるはずだった。でもあらぬ噂は止まらない。
――たった一つ止められるのは、
「わたし、二人の大切なもの、守るから」
Aは胸に手を当てて一生懸命言葉を選んだ。ユウリの大切なもの。音葉の大切なもの。二つとも失ってはいけないものだ。Aの大切なものは、もう手の届くところにはないから。
「だから、待ってて」
それだけ伝えると、音葉の返答も待たずにAは通話を切った。
そしてすぐに、マネージャーに電話をかける。深呼吸をして、Aはマネージャーに伝えた。
「マネージャー、お話があります」
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作者名：兎田夏
| 作成日時：2017年1月1日 0時
