許嫁 （上）【煉獄杏寿郎】【冨岡義勇】

煉獄杏寿郎視点：　新たな任務編2 ページ31

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「あれに家族が喰われたんだろうな」



と同情のこもった声で背後の隊員が呟く。



「・・・違う。”あれ”はあたしの亭主だよ
あんな姿でも・・・そうだった」



彼女は目からどうしようもない程に溢れる涙を

そのまま頬に伝わせながら話し始めた。



*


十日前、青ざめた顔で家に帰ってきた亭主は
鬼が外にいると正気を失ったように怯えていた。


腕が深く抉られ、出血がひどかった。
医者を呼ぼうにもしがみついて引き留められ
目の前で大量出血で死にゆく様を見たという。


数分後、動かなくなった主人が起きあがり
突然襲われた。訳も分からず命辛々外へ逃げ、
追いかけてきた亭主は
飛び掛かった勢いで古井戸へ落ちた。


伝染病かもしれないし、暴れまわる亭主を
人目にさらす訳にはいかず、一昨日まで
蓋をした井戸の底、深夜に人目を忍んで
食べ物を下してやっていたが
一向に食べず弱っていく様を見て泣いていた。


「そいつを助けてやりたいか？」


雑踏の灯りを背にそう誰かが言った。
見つかったことと、音もなく現れたその気配に
慄き硬直するが、藁にもすがる思いだった。



「っ主人を・・・治せるのかい？」


「この薬を打ち込めばいい。簡単だろう？
但し、お前の血に混ざて飲ませることだな」



逆光で影だけのその人は手袋をした手で
小瓶を渡すと口元に笑みを含んで去った。

助けたい一心でその通りにすると
亭主は水を得た魚のように井戸を飛び出し、
どこかへ去ってしまった。


ところが一晩明けた今日の夜。
すっかり化け物となった夫が現れた。

餓えたその目に、
主人は自分の血肉を欲しているんだと悟った。

これ以上夫が苦しむ姿を見たくない。
この人になら喰われたっていい―

その思いで身体を差し出したが、
突然悲鳴を上げ苦しみだした夫はそのまま倒れ
彼が目の前で息絶えるのをまたも見ることになった。


*



一通り話すと彼女は心底哀しそうな顔で

鬼が崩れ去った辺りを見つめていた。



「奥さん、俺の後輩が無神経な呼び方をしたこと
どうか許していただきたい！
しかしこの世には人喰い鬼が存在する。
俺たちの仕事は鬼の頸を斬ること。

あなたが無事で何よりだ！！」



「無事・・・？そうか・・
けどね、あの人無しの人生ならもう生きたくない。
生きてりゃいいってもんじゃないんだ。」



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