常夏《赤》 (ページ35)

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「あの、さ」

きゅっと力が入った指。

大きな掌に包まれて、これほど幸せなことはない。
そう、思っていた矢先。

「守りたい、って言うたら？」

私の方なんて見てもくれないのに、そう言って繋いだ手を前後に動かして。

真っ赤になった耳に、私は何も言えない。

『あの、それはどういう、』

「…ごめん」

ぱっと離れた手。

いきなりのことに左を見上げれば、少し屈んだ彼。

何を言うこともなく、そのまま唇が重なった。

『っ、ん、』

抵抗しないのをいいことに。

触れるだけだったはずの口づけが、啄むようなキスに変わってく。

キスも、息遣いも、首に回る指も。
全てにおいて、私とは違う男の人だって思い知って。

パチリと合った視線が、何より悲しかった。

『重岡、さん、』

「俺が隣におったらあかん？
なあ、好き。初めて会った日から、好きやねん」

息が止まる。視線が絡む。

ドクドクと波打つ心臓。

自分の気持ちが分からなくなった。

『…時間が、ほしいです』

好き。大好きなのに。
過去に囚われてずっと前に進めない。

重岡さんと元彼とは違うなんて、分かってる。

でも頭では分かっていたって、体が言うことを聞いてくれない。

「…ん、ごめん、ほんまに」

『大丈夫、です』

もう捨てられるのは嫌。
好きになりすぎるのも耐えられない。

誰かを愛すくらいなら、自分を愛した方がいいんだと気づいたあの日から。

誰かを愛することが、怖くなって。

もうあの後悔は味わいたくない。

例え相手が重岡さんだとしても、好きになったことと恋人になることは別だ。

『おやすみ、なさい』

逃げるように家に入る。

鍵を閉めてずるずると座りこんだ玄関は、誰もいない寂しさが充満していた。