「好き」をあなたに。

「紫」私を覚えていてください。 ページ30

Main __ H.Takahiro






『……はあ』





やっぱり、来るんじゃなかった。





『なんで今日に限って混んでんの…』





行きつけ、というか、ちょっとした遊び心で通い始めたクラブ。

とは言っても、バーにずっと居座るだけだけど。


いつもはチラホラと人がいるだけなのに、今日は珍しくカウンターが全部埋まってる。

…どういうやつ。





「なしとんの？」

『びっ、くりした、』

「あ、ごめんな。
背後から急に声かけんかったらよかったな」

『あの…』

「ん？」

『なんの用ですか？』





見た限り女には困ってなさそうな人。

背も高いし、かっこいいし、優し…くはないかもしれないけど優しそうだし。


こんな出来心でここに来てるような私とは、住む世界さえ違いそう。





「いや、めっちゃバー見とったから」

『…珍しいなあと思ったので』

「いつも来とるん？」

『まあ、少し』

「全然見いひんかったなあ」





こんな綺麗な人。



新手のナンパだろうか。
んなセリフ言う奴いんのかこの世に。

…目の前にいたわ。


口悪く心の中だけで愚痴る。


今日はとことん運がない。





『へえ、女に困ってるんですか？
だとしたらそれ趣味悪すぎるせいですよ』





精一杯の皮肉を言って、ふんっと顔を背ける。



今日はもう帰ろう。

こんなところに居たって無駄だ。





「待って」

『なんですか』

「一杯だけでええから、付き合ってくれん？」

『…はあ？』

「上誰もおらんから静かやで？」

『いや、え、ちょ、意味分かんないですって！』





ぐいーっと腕を引かれて、階段を駆け上がる。


シンデレラみたい。

そんな馬鹿なことを考えながら、「上」と呼ばれた二階に上がった。





『……え、』

「どうぞ」

『あ、の』

「襲わんから大丈夫。
第一俺、このベッド使ったことないねん」





案外一途やろ？って。

そういうことじゃない。


私が聞きたいのはこの部屋を自分の部屋のように扱うあなたの正体の方。





「座ってええよ」

『え、あ、はい』





深く沈むソファーに座りながら考える。


…なにをするのが、正解？





「失礼致します」

「ええよー」





緩い返事が聞こえた。

と思ったら、ここから見えたのは紫色のカクテル。





「はい。どうぞ」





彼の手にもあるそのカクテル。


名前なんて知らない。

ただ、その紫色はカクテルとは思えないほど綺麗だった。

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