進展 ページ6
それから、仕事が少し立て込んで間が空いた。
オフィスに帰る時間もないくらい、忙しかった。心配するLINEが鳴り止まない。
久々と言っても3日ぶりにオフィスに帰ると皆は私を玄関まで迎えに来た。
ただ少しの廊下がとてつもなく愛おしく感じた。
今日は皆、予定があって泊まるのは拓司だけ。拓司も明日は撮影があるらしい。
皆にヒラヒラと手を振って、見送ったあと静かに玄関の固い鍵を閉めた。
ガチャンと冷たい金属の音が廊下に響いた。
それから会話をしただろうか。会話をせずに1時間ほどが過ぎていた。何となくぎこちなかった。息苦しかった。
でも私は話さない方が苦しくて口を開く。
いつになく真剣に台本を見つめていた彼はすぐに私に視線を移す。その真っ直ぐな目に見つめられたのはいつぶりだろうか。
貴「雨は身体を刺すような寒さの時に雪になるよね。冷たくて悲しい雨が、痛みを受けて美しく咲くのは何でなのかな。」
ずっと思っていたことだった。
独り言のように言ってからもう一度口を開く。
貴「それって人も同じ?」
彼からの返答は無かった。
帰ってこない返答を待つのが嫌で、なんでもないと笑う。
ぎこちなく目線を下に動かす。瞼を閉じると眠ってしまいそうになるほど疲れていた。
伊沢「もう寝る?」
私の気持ちを察したのか彼の口が動いた。その口から私の問の答えは出てこなかった。
眠たかったのでいつもよりゆっくりと頷く。
私は彼におやすみと声をかけてから部屋をあとにした。
彼は優しく微笑むだけだった。
次の日私は彼の寝顔を少し見つめてからオフィスを出た。
ただ無心でその愛おしい顔を見つめていた。
その日の撮影は絶好調で、直ぐに終わったが私はオフィスに戻らなかった。
他の家とは比べ物にならないくらい、大きな家の前で私は立ち止まった。
表札にははっきりと"伊沢"の文字が入っていた。
インターホンをゆっくり深く押す。
聞こえてきた女性の声に少し身を引いた。
お姉さんだったからだ。
下唇を少し噛み、唾を飲み込んでから口を開く。
向こう側の女性の声が一気に下がった。
乱暴に扉を開けられ睨まれる。彼とは顔が全く違う彼女の目を私はただ見つめるしか無かった。
最近は出演も増えて、少しは見てくれているはずだと思っていたが、何も変わっていないようだった。
貴「お姉さんの連絡先教えて頂けませんか?」
以外に呆気なく教えてくれて戸惑ったが少し進展だ。頭を下げて家をあとにした。
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作者名:けろすけ | 作成日時:2020年1月13日 18時