326話 ページ9
神父は閉ざされたエレベーターを見つめつつ、無言で立ち尽くす。意識もしないままに考えていたのは、これまで神父が見てきたAのことだった。
Aと神父の付き合いは長い。父親を殺し、倒れそうになりながらさまよっていたAを神父が見つけたのが最初だ。あの時は、Aは人のことを酷く警戒していて、話しかけた人間全てを噛み殺してしまいそうな雰囲気を纏っていた。その時から、Aの色のない瞳は暗い輝きを宿している。
そんな瞳に、年相応の子どもの色が差したのは、Aが記憶を失った時がはじめてだった。確か、あれは盲目の老聖女を生贄とした実験の後の事だった。
あの実験で、Aははじめて生贄を追わなかった。壁伝いに進んでいた老女を見つけて、Aは呆然として、拳銃を取り落としさえした。
最後には老女の手を引いてフロア内を導き、エレベーターに乗り込む彼女を見送りまでした。Aに向かって祈りを捧げる聖女に、Aは酷く悲しそうな微笑みを向けたのだった。
その日、Aは深い眠りについた。いつものようにうなされることはなく、本来なら起きているような時間にも眠り込んでいた。
──そして。次に目を覚ましたAは、全ての記憶を失っていた。
彼女にとって、何もかもが見知らぬ場所となっていた。うろたえ、混乱するAを落ち着かせるために、神父がB8に赴いた時、神父ははじめてAの目に正気の光を見た。
記憶を失ったAはまるで別人のようだった。神父を見た瞬間にAは明らかに怯え、「母さん」と小さく口走る。それは母親に助けを求めるような響きではなく、自分が傷つくより己の大切な人が傷つくことを恐れているような響きであった。勇敢だけども臆病な、子どもの姿がそこにあった。
きっと、あれが本来のAの姿。人を傷つけるのにあまりに向いていない、柔らかな心の持ち主。それ故に自分ばかりが傷ついてきた、傷だらけの心の持ち主。自分を守るために壊れてしまった少女がそうなる前の、優しくて脆い子どもの姿だった。
神父は、自分の気持ちの全てに蓋をしてB7へ戻った少女の、泣き出しそうな顔を思い出す。
天使から人に堕ちたザックと、己が魔女と断定したレイの存在が、Aにとってどう影響するのか。
これは実験などではない。見届けなければならない。
神父は歩き出し、エレベーターの前から去った。
ザックとレイを乗せたエレベーターは、下降する。
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リア(プロフ) - あやさん» コメントありがとうございます!二度入ってしまったことはお気になさらず!一気読みしてくださったと聞いて嬉しい気持ちでいっぱいです。かなりゆっくりの更新となってしまっておりますが、今後もぜひ読んでくださると嬉しいです! (2021年2月15日 22時) (レス) id: d0c52e385f (このIDを非表示/違反報告)
あや - すみません、二回も同じ文が入ってしまいました(汗) (2021年2月4日 16時) (レス) id: e816ef2773 (このIDを非表示/違反報告)
あや - 思わず一気読みしてしまうほど面白いです! 次の展開にドキドキです! 更新頑張ってください! 楽しみに待ってます! (2021年2月4日 16時) (レス) id: e816ef2773 (このIDを非表示/違反報告)
あや - 思わず一気読みしてしまうほど面白いです! 次の展開にドキドキです! 更新頑張ってください! 楽しみに待ってます! (2021年2月4日 16時) (レス) id: e816ef2773 (このIDを非表示/違反報告)
リア(プロフ) - 黒白の猫さん» コメントありがとうございます!まさか私の書いた文章でそんな風になって貰えるとは……!?(?)ここからの展開もお楽しみいただけると幸いです! (2020年10月13日 19時) (レス) id: d0c52e385f (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:リア | 作成日時:2020年7月13日 20時