242話 ページ16
「……ゴホッ……」
その時。ザックが、苦しそうな咳をした。
瞬間、理性がかえってきた。ナイフは、ザックに突き刺さる手前でピタリと止まる。
「……なにやってんの、わたし」
そう低くつぶやく。そして、ナイフを手離そうとした。だが、手は震えたまま、動かない。体が言うことを聞かないのだ。
自分の身体が、自分の意志とは反して、ザックを殺してしまおうとしている。そう気づいて、Aは戦慄した。
「……バカ!」
そう叫ぶと、無理矢理に体を動かした。右手に、ナイフを持つ。そしてそのまま、左手の手のひらを切り裂いた。
丁寧に手入れされたナイフは、Aの皮膚をいとも簡単に破る。血が流れ出した。そして、痛みを感じる。鋭い痛みだ。
そして、今度は左手でナイフを持って、右手の手のひらを切り裂く。
何度も、何度もそれを繰り返して、やがて、手のひらは血まみれになってしまった。痛くて、もうナイフも握れない。
(これで、ザックを殺さずに済んだかな……)
ナイフを握れなくなった、血まみれの手のひらを見つめる。
痛みで理性が戻ってきたらしい。先程の強い殺人衝動は、少しだけ治まっていた。脇に投げ捨てたナイフを蔑むように見て、Aは疲れきったため息を吐く。
(……ほんと、わたしってバカみたい)
────ザックを殺そうとするなど。自己嫌悪でおかしくなりそうだった。それなのに、まだ、誰かを殺したくてたまらない。
(……なんで思い出させちゃったかな……忘れてた方が、幸せだった。わたしは、ただの生贄でよかったのに)
そう、叫びたくなった。だが、どれだけ悲痛に叫んでも、誰も聞いてはくれない。その叫びに、こたえてくれる人もいない。孤独の中で、虚無感に苛まれるだけだ。
(……ごめん、ザック)
Aはザックから少し離れた場所に腰を下ろして、膝を抱えてうずくまる。あまり近くに座ったら、何かの拍子にザックを殺してしまいそうだった。それほどまでに、強い殺意が、理性をかき消そうとしている。
(……殺したいなぁ。殺さなきゃ、なぁ……)
無意識にそんなことを考えていた。
最低な気分だった。
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リア(プロフ) - わごむごむさん» コメントありがとうございます!まだまだ未熟なので上手く壊れていく様子が描写できているかが不安なところですが、ここから先もどんどん皆が壊れていきますよ…!よろしければ続きも読んでいただけると嬉しいです(´∀`) (2019年9月19日 20時) (レス) id: aa65f53a7e (このIDを非表示/違反報告)
わごむごむ(プロフ) - 皆がどんどん壊れて行く感じがたまりませんなぁー (2019年9月17日 1時) (レス) id: 10a6ab8e26 (このIDを非表示/違反報告)
リア(プロフ) - ゆゆさん» コメントありがとうございます!夢主の過去は書くうちにどんどん重くなってしまいました(^^; もっとやってもいいのですか!それなら!(違うそうじゃない)責任を押し付ける夢主は私自身書きながらくすりとしてしまいました(´ω`) (2019年7月24日 21時) (レス) id: aa65f53a7e (このIDを非表示/違反報告)
ゆゆ - 夢主ちゃんの過去が重すぎて…好きです←いいぞもっとやれ(( さりげなく責任をダニー先生に押し付ける夢主ちゃんも好きです(語彙力) (2019年7月23日 18時) (レス) id: 0ad758797f (このIDを非表示/違反報告)
リア(プロフ) - キリンの妖精、キリンロングさん» コメントありがとうございます!まだまだつたない文章ですが、面白いと言って下さり嬉しいです!とても励みになります(*´∀`*)これからも楽しんでいただけるよう更新していくので、よろしくお願いします(*’ω’*) (2019年7月11日 19時) (レス) id: aa65f53a7e (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:リア | 作成日時:2019年6月16日 19時