7月25日 ページ32
「ね、カンちゃーん」
「先生でーす」
「じゃあ、カンちゃん先生」
一年が経つ。何で勉強しないといけないんですか？ 何で本読んだほうがいいんですか？ どうせ使わないのに、文字読めて何の意味があるんですか？ カンジは、そういう問いにも上手く答えられるようになってきた。
一年補習を見続けてきたこの生徒も、間もなく卒業である。読解の速度も精度もかなり上がって来たし、それに伴って他の教科も成績は微増している。
間もなく、全て忘れるのだが。
と言っても、ここで身に付けたものが全て無に帰すわけではない。文章読解力はコミュニケーションの役に立つ。「読んだ」という記憶は忘れても、本の中で経験した感情は覚えている。ただ、「文字」の記憶がすっぱり消えるだけで。
「あたし、ともだちと離れたくないんだよね」
「また会えるでしょ。約束とかしなよ」
「会えないんだって」
生徒が握るシャーペンの芯が折れた。
「先生さあ、昔言ったじゃん。ともだちになれるって」
「どういうこと？」
純粋な疑問といった表情でカンジは言った。ほら、と生徒が口を開く。が、上手く説明する自信がなくなったようで、「やっぱいいや」と言った。何だよ教えてよ、とカンジは返す。
チャイムが鳴った。おわりー、と生徒はさっさと文房具を片付ける。
「ね、だから何？ 気になるなー」
「……先生が言ったんだよ。本が、文字が読めたら、ともだちが増える、って。本当にいない人とも、もういない人とも友達になれる、って」
でももうあたし、卒業したら会えないんだよね。アイ、っていう子。何の本に出てきたかも忘れちゃった。
彼女はそう言って、先に教室から出ていった。
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