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「どっちのポケットだっけ？ 取っていい？」
「だーめ。取られたら俺、君をしょっぴかなきゃならなくなる」
こんなの、ほとんど答えのようなものだ。瞬間、伸びかけていたアナベルの指先が止まった。
「そっかー、残念。わたしにも適用しなきゃならないなんて、昇華隊員はつらいねえ」
二つのグラスを手にしつつ、アナベルは立ち上がった。目線が同じ高さになる。
「じゃあどんな内容だったか教えてよ。きみは読んだんでしょ？」
「言うねえ！ 政府も君にかかっちゃ形無しだ」
「はは、政府がなんぼのものなんだ。わたしはもっとすごいものに狙われてるからね。そうだろ」
そう言ってアナベルは銘の手から帽子を取り上げ、もう一度彼の頭にかぶせた。「じゃあそろそろつかまれば？」「つかまえてみれば？」と小声で交わす。数秒視線を合わせた後、根負けしたように銘が口を開いた。
「なんてことない、簡単な手紙だったよ。彼女は先代のときの常連だったのかな？ 酒の話をしてたね。いいものが入ったら教えてくれ、と。そして、君が聞きたがっていた昔の話の続きをする、と。ここの部分はかなり真面目に書かれてたね。朝比奈、という名の人について書かれていた。知ってる？」
全く、とアナベルは答える。
「そ。意外だったよ、朝比奈って名前はむしろ政府側でまれに聞くものだったから。……手紙に話を戻すと、その後は先代の体調を心配していたよ。無理はするな、と。それだけ」
「本当に？」
「……あと一つ。やっぱり君の誘いには乗れない、とあったよ。子どもたちを置いていくわけにはいかない。引っかけておいてなんだけど、ごめんね、って」
最後の言葉に、ふ、とアナベルは噴き出す。
「とんでもない奴に引っかかったんだねえ、先代は。まあでもこれで合点がいった。彼女はよくわたしを見て『今ならマイさんの気持ちが分かる』って言ってたから」
「へえ、じゃあそういう習いらしいね。君も大概とんでもないやつにひっかかってると思うけど」
よく言うよ、と言いながらアナベルは銘の帽子のつばを引っ張って目元を隠させる。
「燃やすの？ それも」
そう問うたアナベルの表情を、銘はよく見ることができなかった。
さあね、とだけ返した彼の表情もまた、アナベルからはよく見えなかった。
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