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「で、さっき何隠したの？」
「何の話？」
今度問いかけたのはアナベルだった、銘は、全く心あたりがないという風に眉を上げる。
「しらばっくれるのが上手いねえ。さっき隠したでしょ、ポケットに。ここの主はわたしだよ」
「けど、この倉庫のものの持ち主はほとんどが先代なんだろう」
参った、と言うように肩を竦めながら銘が言った。そのとおり、とアナベルは言う。
「でも気になるでしょ？ わたしの敬愛する先代のもので、君が隠すようなものだ。わたしへの愛の言葉でも書いてあった？」
「え？ 君と先代ってそういう関係だったの？」
銘の声が明らかに不機嫌そうに変わる。少し驚きを纏って。アナベルはストローで残った飲みものをかき混ぜながら言う。
「知りたいの？ 君はそういう話、聞きたくないものだと思ってたけど」
「ベルが振ったんじゃないか。いや、いい。聞きたくない」
グラスを横の棚に置き、わざとらしく耳を塞ぎながら銘が言う。
「はははそう言わずに。さっき言った通りただの敬愛だよ。親愛なる、私にバーと住処をくれて、代わりに煙草と酒という呪いを残してったとんでもない女。それが先代の女将さ」
ストローの動きに合わせて、からからとグラスの縁に触れた氷が音を鳴らす。
「じゃあ、その先代から『ミカド』って人の名前を聞いたことはある？」
脱いだ帽子で顔を仰ぎながら銘が言った。ああ、よく知ってるとも。すぐにアナベルが返す。
「もっとも、直接にじゃないけどね。先代と交友がある人だったみたいだ。先代がその人の話をするときは、どれだけ酔ってても優しい目になっていた」
過去をを眺めるように、アナベルの目の焦点が遠くに合わされる。ふ、と小さくあいた口の隙間から短い吐息が漏れた。
「へえ！ じゃあ君が失恋させられた相手ってこと？」
「違うけど嬉しそうなのがむかつくね！ 敬愛だって言ったじゃん。君にそうやって勘違いされるの、私としては本意じゃないんだけど」
「最初に君がそういう揶揄いをしたからでしょ。嬉しそうな理由も察してよ」
そう言いながら銘は少し舌を出した。そして、ありがと、と空になったグラスをアナベルに返す。
「で、そのミカドさんと先代に何か関係があるの？ きみが隠したものは」
「よく覚えてたね」
受け取りながら言ったアナベルに銘は返す。そりゃもちろん、と銘を見上げてアナベルはほほ笑む。
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