優しい世界《参》 ページ30
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辛うじて自分たちの捜索していた構成員だとわかったのは、よく吸っている銘柄の煙草が定位置に収まっていたからである。
逆に言えば それ以外のことがわかる痕跡は、何一つとして残っていなかった。
「足立殿。よろしいか」
泣き叫ぶ構成員をそっと抑えるようにして、壮年の翁−−広津柳浪が千代助に指示を仰ぐ。
豊富な知識から、科学班の末席に抜擢されていた千代は、持ち前の学を発揮し、死体検分や爆弾処理の仕事を 一部請け負う立ち位置にある。
殺しの経歴を一切持たないが、同胞を殺害した組織の人間を捜査するのは、いつも奴の仕事だ。
無論、百人長の身分である広津柳浪が頭を下げる相手ではない。
それでも恭しい態度を崩さないのは、死んだ部下への弔いの気持ちからだろう。
深く頭を下げた広津さんがゆっくりと顔をあげたが、何かに気がついたのか、そのままの姿勢で凍りついた。
「死体検分の必要はないようです」
広津さんの目が大きく見開かれる。皆に視線は一つに集められた。
「生きているのです」
四肢を削がれた構成員の動脈を測りながら、千代助は結果を淡々と告げる。
「彼は生きている。彼は生きていて、まだ私たちを殺そうとしています」
この裏切り者は、この状態のまま、生きている。
理解が及ぶ前に、男の血を踏んだ足元から、刃物が次々に飛び出した。黒服の悲鳴が一瞬でトンネルの中を反響する。
ただ一人冷静だったのは、血液溶解剤を地面にぶちまけた千代助だけだった。
「早く仕留めな!! 死人が出る……!!!」
黒服は驚きのあまり足を動かせないでいる。僕は飛んでくる血の刃から、薬をまく千代助を守ることしか出来ない。
そうしている間にも、凝固剤が間に合わない位置から、次々と血液の弾丸が繰り出される。
肩、足、腕。あらゆる場所へめくら滅法に打ち出される刃は、いつ誰の命を奪ってもおかしくはない。
ついに、弾丸が姿勢を崩した男の下へ飛んでいく。先ほど泣き崩れていた、裏切り者と親しい関係にあった構成員だ。
防御が間に合わない。誰もが息をのんだ、その瞬間。
「恭次郎!!」
男の声によって、矢のごとく打ち出される刃が、動きを止めた。
「恭次郎…もう、いい……もういい、」
黒服の一人が、裏切者の名前を呼んだ。足をずるずると引き摺り、四肢を失った男の下へたどり着き、広津さんにむけて微笑んだ。
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アバンギャルド・マボ(プロフ) - PVの方も見てくださってありがとうございます!!!いつか未来分岐のあるノベルゲーム版を書いていきたいと思っておりますので、その時は是非プレイしてやってください!! 遂行する前から読んでくださってありがとうございます…コメントめちゃくちゃ嬉しかったです… (2019年8月29日 13時) (レス) id: f747016130 (このIDを非表示/違反報告)
アバンギャルド・マボ(プロフ) - 読み込んでくださってありがとうございます(;_;) 台詞に言及してくださるのが嬉しすぎて…。 細かいことは気にしないを地で行く姿が伝わっていることが大変嬉しい!!ずるいぞお前って言いたくなるタイミングで男前を発揮する芥川が表現できててよかった!!! (2019年8月29日 13時) (レス) id: f747016130 (このIDを非表示/違反報告)
よしな。(プロフ) - あと、PV観ました。何あれすっごいですね!!音楽のセンスと文章ぴったりです!老爺ってまさか……子どもたちってまさか……と思いながら観てました笑。推敲する前から足立シリーズ好きなんですが、もっと好きになりました。 (2019年8月28日 12時) (レス) id: 97ebc294fb (このIDを非表示/違反報告)
よしな。(プロフ) - 不断の糸の芥川が好きすぎる。「どんな人生を歩んできたかなんて過去でしかない」って言えるのは君だけだよ……「文章だけで何を理解できる」か。これから大切なのは今であり未来だと言われてるみたいで。だからこのコンビは好きなんだ。 (2019年8月28日 12時) (レス) id: 97ebc294fb (このIDを非表示/違反報告)
アバンギャルド・マボ(プロフ) - わあああいつも有難う御座います!!この作品は初めて自分がシリアスに着手したやつなので、一番好きだといっていただける方がいるのが最高にうれしいです・・・これからもお付き合いください!!! (2019年7月28日 22時) (レス) id: 940de82038 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:アバンギャルド・マボ | 作成日時:2016年10月22日 0時