蜘蛛の糸、十三本目 ページ13
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さて、水滴によって起こされてからようやく意識が覚醒してきますと、
蜘蛛の体に生えている毛細がふるふる震えて、暖かさを生物的に喜んでいるのを発見いたしました。
「あらまぁ、今日はよく晴れたのですね」
その日は良く晴れた昼下がりで、冬の入り口でも春と思い違うぐらいに、陽の優しい日でございました。
珍しく寝たきりになっていた子が起き上がり、クレヨンと画用紙とを手に何時間でも絵を描いていられるぐらい、生命力に溢れた昼下がりです。
「ねえねえ、龍ちゃん」
その絵を描く手を止めて、一等小柄な男の子が親しみを込めた呼び名で龍之介を呼びました。
彼は仲間の中では一番幼い、9歳の可愛い末っ子です。
龍之介が感情のない瞳を持ち上げ、野犬のように鋭い視線だけで返事を寄越しても怯むことなく、
図太い肝っ玉の男の子はニコニコ笑って訊ねます。
「その子の名前、なんていうの」
龍之介は立ち上がり、誰のことを話しているのか、と周囲を見回しながら、少年が手に持っていた絵を覗き込み、
「写真か?」
「違うよ」
もっとマシな褒め方があるだろうと言いたくなるような、ベタな反応をしました。
そう思っていたら、龍之介が無表情で私に見えるようにそっと傾けました。
はあ、やれやれ。
一体どんな絵を彼が描い、
「……写真じゃないんですか?」
――あまりにもリアルに蜘蛛でした。
「お前そんなに絵上手かったのかよ!!」
「見事なものだね!」
「写真じゃないのこれ…蜘蛛じゃないかよ」
「ヒロシ!これも保管庫に入れとこう。これはとんでもない」
ただの9歳の子供と侮ってはいけません。
とんでもない才能の持ち主でした。
しかし当の本人は、周りがワアワアと驚きの事実に腰を抜かしているのも放っておいて、
少年は我関せずといった風に龍之介に訊ねます。
「ねえ、それで、この子の名前なんていうの」
そういえば、確かに気になります。
私には人間だった頃の名前が立派にありますが、彼に名乗ったことは一度もありません。
名前という概念がなくとも、特に不便のない関わり合いでしたから、すっかり今まで忘れていたのですけれど。
龍之介は、私にお名前をつけているのでしょうか。
蜘蛛であれども、犬猫と同じように愛称で呼ぶというような習慣は通用するのでしょうか。
何となく私も気になって聞いておりますと、龍之介は存外、迷うことなく答えました。
「荒絹だ」
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伊織 - もう好き...!最後ウルっときましたよ。というか泣いちゃいましたよ。ほんと構成がお上手で...。芥川先生の作品たくさん使ってるの凄い好きです。千代の方も読んでるのですが作者様天才ですね。感動作品をどうもありがとうございます...! (2021年5月22日 18時) (レス) id: 399c3e6058 (このIDを非表示/違反報告)
アバンギャルド・マボ(プロフ) - コメントありがとうございます!!初めて書いた女主人公が蜘蛛(雌)ェ……とはいえ、実は人間だった頃が誰なのか、モチーフが居ますので、もしも暇だったら蜘蛛の前世当てクイズに挑戦してみてください笑笑 意外にも多くの方に読んでいただけて嬉しい…(芥川はいいぞ…) (2019年4月2日 11時) (レス) id: ea18c173c6 (このIDを非表示/違反報告)
多田野メガネ(プロフ) - どうも多田野です。千代の記以外の、それも女(雌?)主人公が新鮮でした(°▽°)突然の告白ですが、所々に芥川作品要素を垂らしていくマボ様が好きです。 (2019年3月27日 13時) (レス) id: d89d5986ef (このIDを非表示/違反報告)
アバンギャルド・マボ(プロフ) - ありがとうございます!!何も考えずに三時間で書いてみるチャレンジで、殊の外うまく書けたものなので完結させてみることにしました笑笑ギャグシリアス、展開などこれっぽっちも考えず、思いつきで書いております。とても短いお話ですが、最後までお付き合いください! (2019年3月25日 16時) (レス) id: ea18c173c6 (このIDを非表示/違反報告)
柘榴※惰眠愛してる(プロフ) - 新作おめでとうございます! (2019年3月25日 0時) (レス) id: cf0e41908a (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:アバンギャルド・マボ | 作成日時:2019年3月25日 0時