蜘蛛の糸、十一本目 ページ11
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大変賢明でありながら容姿も美しく、気の優しい娘である葉限は、古今東西さまざまにある習いの通り、継母からひどい扱いを受けて育ちました。
薪やら水やら、女の手ではとても運びきれぬほどの重い荷物を山ほど担ぎ、それが終われば掃除洗濯に明け暮れる毎日です。
それはもう「馬車馬のように」の語源は彼女ではないかとさえ思うほどでした。
そんな彼女にも親しい友人がおりまして、これが見事な美しい魚なのでございます。
鰭は燃える夕日のように赤く、瞳の金は橘の花が香るばかりの輝きです。
この大魚は葉限の呼び声を聞くとちょい、と顔をのぞかせて、ぱくぱくと口を動かしながら 彼女の話を聴いてやっておりました。
…えぇ、そうですね。
私たちのようです。この物語には書かれていませんが、彼等はきっとお話ができたのかもしれません。
でなくては、わざわざ川で見かけた綺麗な魚だからといって、自分の家の池に連れて行くことなどしないでしょうから。
ところがある日、そのお話ししている姿を見つけたものがございました。
このお約束の流れはもうご承知でしょう。
……えぇ。その通りです。あの、意地の悪い継母です。あの女に見られてしまったのでございます。
なぜ見られたら不味いのか、ですか。
それは龍之介の仲間たちは、こうして蜘蛛と話す貴方を見たところで気味悪がったり、妙な意地悪をしてやろうなどと山気を起こす者はいないかもしれません。
しかし、人間とは、己とは違う何かを徹底的に恐るる臆病な生き物です。
怖れ、忌み嫌うことが普通なのです。
きっと、継母も同じように葉限を狂人に思ったのでしょう。
継母は彼女の居ぬ間にサッと葉限の服に着替えて、魚の目を誤魔化し、顔を覗かせた瞬間にすっ捉えてしまったのです。
その魚の身は肉とも何ともつかぬ美味しさで、葉限を苛め抜いたことにも満足した継母は 適当な泥池の底へ、その骨を捨ててしまいました。
帰ってきた葉限は、池に住む友人がいくら呼んでも姿を現さないことに焦りを覚えました。
彼女の脳裏には、あの意地悪な継母の姿と包丁が交互によぎり続けます。
……彼女の予感は当たってしまいました。
ある日、夢に見た仙人の言葉通りに泥を掘り返して行くと、大きな大きな魚の骨がそこに埋まっていたのでした。
彼女は大粒の涙を流して別れを惜しみました。
そうして骨を洗い、側におき、いつか語り聞かせたように、夢見る自分の将来や希望を常のようにお話しし続けました。
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伊織 - もう好き...!最後ウルっときましたよ。というか泣いちゃいましたよ。ほんと構成がお上手で...。芥川先生の作品たくさん使ってるの凄い好きです。千代の方も読んでるのですが作者様天才ですね。感動作品をどうもありがとうございます...! (2021年5月22日 18時) (レス) id: 399c3e6058 (このIDを非表示/違反報告)
アバンギャルド・マボ(プロフ) - コメントありがとうございます!!初めて書いた女主人公が蜘蛛(雌)ェ……とはいえ、実は人間だった頃が誰なのか、モチーフが居ますので、もしも暇だったら蜘蛛の前世当てクイズに挑戦してみてください笑笑 意外にも多くの方に読んでいただけて嬉しい…(芥川はいいぞ…) (2019年4月2日 11時) (レス) id: ea18c173c6 (このIDを非表示/違反報告)
多田野メガネ(プロフ) - どうも多田野です。千代の記以外の、それも女(雌?)主人公が新鮮でした(°▽°)突然の告白ですが、所々に芥川作品要素を垂らしていくマボ様が好きです。 (2019年3月27日 13時) (レス) id: d89d5986ef (このIDを非表示/違反報告)
アバンギャルド・マボ(プロフ) - ありがとうございます!!何も考えずに三時間で書いてみるチャレンジで、殊の外うまく書けたものなので完結させてみることにしました笑笑ギャグシリアス、展開などこれっぽっちも考えず、思いつきで書いております。とても短いお話ですが、最後までお付き合いください! (2019年3月25日 16時) (レス) id: ea18c173c6 (このIDを非表示/違反報告)
柘榴※惰眠愛してる(プロフ) - 新作おめでとうございます! (2019年3月25日 0時) (レス) id: cf0e41908a (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:アバンギャルド・マボ | 作成日時:2019年3月25日 0時