生き残りの地獄《下》 ページ20
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薫は薄笑みを浮かべた。困り顔であった。
どうやら役者と云うのに、この兄貴分はずいぶん特別な尊敬を抱えているらしい。
しかし、実際に自分がやっていることは、役者への冒涜である。と薫は思っていた。
役者のように、一人の人間として役を理解し、それを自分で表現するほどの手順を踏んでいない。
相手にとってどう映ればよいのかを考え、仮面の付け外しのように振る舞いを変えているだけなのだ。
「士人いがいの何かになんて、なろうと思ったことありませんよ。
他人になりかわる才を褒められたとしても、それは薫には『何もない』と突きつけられることと同じだった。
それでも、薫は条野伝平という兄貴分に認められているのを今でもうれしく思っている。
彼は人間の本心には人一倍敏感だった。その伝平が役者であることをすすめるのなら、自分はよほど『誰かになりきる』才能があるのだろうと、自覚することが出来たからだ。
彼等の会話は、これが最後だった。
緒方家の大虐殺が、彼らを決定的に引き剥がしたのである。
緒方洪庵の病死を狙ったように、通夜で集まった緒方家の親類から弟子に至るまで、総勢100名以上が虐殺された事件。この事件は条野伝平の因縁の事件でもあり、心に大きな傷を残した事件でもあった。
―――緒方少年が最後に話した相手は、条野少年であった。
条野が今も生きているのは、ただ運としか言いようが無い。
本来なら、古武術道場の師である緒方洪庵の葬式に、彼も列席する予定だったからだ。
必修の実技試験が一日でも遅れていれば、伝平は薫とともに虐殺現場に直行していたのかもしれない。
忌み嫌っていたはずの下町言葉で、彼らに一言ずつ言葉を投げかけ、必死にゆすり起こそうとした姿からは、少なくとも生前の彼らとの間にあった確執など伺えなかったそうである。
唯一の生き残りとして虐殺の現場検証と死体の検分に立ち会ったとき、伝平はまだ中学生だった。親しんだ兄弟子や師匠の変わり果てた姿に、多感な中学生の彼が何を思ったのか、誰にもわからない。
ただひとつわかることは、条野も被害者の一人だということだ。
たった一人で薫の救助に走ろうとし、マフィアの手によって酷い返り討ちにあった日を境に、伝平は士人として名を改め「条野採菊」と名乗った。
緒方家の墓の前で菊を捧げ、青年となった彼は、血の道を歩むことを決めた。
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アバンギャルド・マボ(プロフ) - 飛沫さん» ご読了ありがとうございます!!!書いて良かったです!!!!いつも応援のメッセージやイラストをありがとうございました(;_;)完結までの糧になりました!これからも創作活動をやっていこうと思える応援の数々をありがとうございました!!! (2020年6月27日 10時) (レス) id: 253e5eff26 (このIDを非表示/違反報告)
飛沫(プロフ) - 完結おめでとうございます! テストのせいで読むの遅れてしまいました。足立くんの切実な心を見れて嬉しかったですし、凄く感動しました!おつかれでした!! (2020年6月27日 7時) (レス) id: 5cd376c69b (このIDを非表示/違反報告)
アバンギャルド・マボ(プロフ) - よしな。さん» 最後まで読んでくださってありがとうございました!!!!闇堕ちする過程のお話なのでふざけることなくここまできてしまいましたが、シリアスでも最後までお付き合いくださったのがマジでありがたいです!書いてよかった!!!ありがとうございました!!! (2020年6月23日 23時) (レス) id: 253e5eff26 (このIDを非表示/違反報告)
よしな。(プロフ) - 好きです……!闇堕ちして暗殺業で生きていく決意をした足立くんを見たときは泣きそうになりましたが、茨の道を進んでも彼はなんとか生きてほしい。やっぱりこのシリーズ凄く好きです。 (2020年6月22日 22時) (レス) id: 97ebc294fb (このIDを非表示/違反報告)
アバンギャルド・マボ(プロフ) - 操咲作乃さん» こんにちは!元気です!!!コメントありがとうございます!!コントもシリアスも頑張って書いていきますので、おつきあいください笑笑笑笑 (2020年5月12日 15時) (レス) id: b5b4ae2a61 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:アバンギャルド・マボ | 作成日時:2020年5月10日 17時