フェーギップ・ミア《弐》 ページ42
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小さなため息が落ちた。
車椅子が止まる。
背後の気配が、がらりと雰囲気を変えて―――。
「清算にならぬ、と申すか。それには、同感じゃ」
「――え、」
雰囲気どころか、声が女に。それも…あまりにも聴きなれた、女性の声に代わった。
「命で清算出来ようものか。お前様の人生、残りをすべて捧げて償うことじゃ」
ガバリ、と眼に巻かれた包帯が外れて、視界がひらける。
真っ白い廊下と壁。それから色鮮やかな振袖と帯。
「つくづく肝の据わった男よ。人の着物を一式持って行きよって。伝票をお前様宛に送ってやったわ!」
息を、呑んだ。尾崎さんの声、中也さんの声。
その両方を出す化け物の顔は、『鳥』のような形をしている。
鳥女だ。
まだ幻を見ているのか、そうだ、そうに違いない。
俺はまだ悪夢の中に居る。
声をこれ以上聴けば、また何をしでかすかわからない。
精神が歪んで、元の形を今度こそ保てなくなるかもしれない。
「う、うわぁああぁああ!!!」
「―――あっははははは!!なんじゃ、今度は情けない声を出しおって」
あっけにとられていると、ベリ、とマスクが破ける。
樹皮で出来た、顔をすっぽりと覆うタイプのものだ。
「お前様ばかりが声帯模写を出来ると思うな。異生物への変装でも、男の声真似も。全て
「……へ?」
尾崎さんは何事も無かったかのように笑っている。
それが俺には何故なのか、わからない。
少なくとも、自身を殺しかけた人間にする顔ではない。
どうしてだろうか。まるで、俺の反応が『正解』だとでも言いたげだ。
「鴎外殿。お前様のいう通りじゃ。―――姑獲鳥よ」
尾崎さんは車椅子を押し、寂れた診察室に入った。
奥に腰掛けた人影が誰なのか、まだ判らない。
何が起こるのかも理解できずに慌てる俺を、尾崎さんは楽しげに眺めている。
「先ほどの問いの答えを教えてやろう」
尾崎さんは出て行く直前に、俺の方を振り返る。
「ゼロ。――お前様が手にかけた同胞の数じゃ」
この上なく、悪意のこもっていない温かな瞳だった。
「―――おはよう、足立君」
「残念だったね。私も君も、互いに生きているよ」
「それからもっと残念なお知らせだ。君の主治医は私だ」
それから間もなくして。世界で今、最も聞きたくない声が、診察室の奥から届いた。
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伊織 - いえいえ!!私が気にしすぎてるだけなのでw お忙しい中目を通してくださってありがとうございました! (2021年8月18日 14時) (レス) id: 399c3e6058 (このIDを非表示/違反報告)
アバンギャルド・マボ(プロフ) - 伊織さん» また、先述のとおり、多忙につき反映が難しくなってきたため、誤字報告・指摘の窓口は一度閉めることになりました。 せっかくのコメントに、不誠実な対応をすることになっては心苦しいからです。。。 忍びないのですが、今後は「まあいっか!」で流してください( ; ; (2021年5月22日 12時) (レス) id: 253e5eff26 (このIDを非表示/違反報告)
アバンギャルド・マボ(プロフ) - そこまで読んでくださった方がいるとは……!誤字報告ありがとうございます!多忙につき、反映に時間がかかると思いますが、物語として重要なシーンなので訂正いたします!ありがとうございました!! (2021年5月22日 12時) (レス) id: 253e5eff26 (このIDを非表示/違反報告)
伊織 - モールス信号なのですが...紹介ページ?みたいなところ、オじゃなくてエになってると思います。オは「・−・・・」かと...図々しくもすみません...! (2021年5月21日 21時) (レス) id: 399c3e6058 (このIDを非表示/違反報告)
アバンギャルド・マボ(プロフ) - いつもありがとうございます!!これまでの芥川少年の行動を振り返ってみると「?!」の連続ですよね…笑笑 足立も芥川関係になるとグッズグズになるので五分五分かと思いつつ、やべえなと書いてる自分も思う時があります。 (2018年12月11日 19時) (レス) id: ea18c173c6 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:アバンギャルド・マボ | 作成日時:2018年7月8日 15時