鬼ノ目ニモ千金ノ涙《弐》 ページ14
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男は何も答えない。しかしこれまでとは種類の違う無言だ。
男は夕陽を見るような目で、遠くを見ている。安堵をしたような表情で、僕の後ろを見つめていた。
「知りませんね。そのような名前の子供なんて」
質問を奪うように、背後の者が答える。軍靴の音が遅れて耳に届いた。
次に、自身の体が大きく吹き飛んでいることに気がついた。
青と白の混ざった点が散らばった。
壁に身を叩きつけられるまでに、刃が身体を何度も貫いた感覚がする。
「おや、マフィア流の奇襲をまねてみたのですが。……生きる価値のないゲス野郎のやり方は真似ずらい」
―――あと少し、空間断絶の展開が遅れていれば。体が真っ二つになっていてもおかしくない。
口の中にぬるりと甘い味がする。
咳き込めば、肺を病んだ患者のように、湯水の如く血が吐き出された。
「猟、犬……」
先ほど甚振っていた軍警の一人が、何かをうめいた。
酷くかすれた声だったが、僕の耳は鮮明に、その単語を聞き取った。
『猟犬にだけは喧嘩を売るんじゃねえぞ。あいつらが出てきたら全面戦争だ』
かつて千代助が語っていたのは、この男達のことか。
「ああ、酷い血の臭いです。まるで精肉の作業場だ。
――貴方たちマフィアが、生命の尊さについてどう考えているのか。良いサンプリングになる」
白髪の優男は刀を仕舞い、たおやかに笑った。
人好きのする笑みが能面のように張り付いている。
訛りを隠すためか、不自然に丁寧な敬語が耳につく。千代助が浅草弁を隠すときの話し方とよく似ている。同郷の出身か。
「ポートマフィアの禍狗、芥川龍之介。貴方に一つお聞きしたいことがあります。―――《足立一之》。その男に何の用があって、此処まで来たのですか?」
男は手を刀にかけ、姿勢を低くする。
「……やっと見つけた」
男は顔を上げた。表情は嫌に抜け、感情の全てが削ぎ落とされている。
「彼が生きていたなら、今頃貴方と同じ歳だったのですが」
その瞬間、軍人の殺気が、爆発した。
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アバンギャルド・マボ(プロフ) - 更生したかに思えた先の人生でも不幸は続いて。最終的に彼は。…………という暗喩です笑笑笑笑笑笑 足立が人を初めて切った例の事件では15歳だったので、この凄惨な小説と映画を思い出さずにはいられませんでした。 (どちらかというと映画版を思い出しております。) (2019年9月9日 21時) (レス) id: 6a86a136d3 (このIDを非表示/違反報告)
アバンギャルド・マボ(プロフ) - 姫歌さん!その通りです笑笑 キューブリックによって映像化もされた、あのやべえ小説の題名をお借りしています。時計仕掛けのオレンジの主人公は、15歳の少年でしたよね。彼は非行に走って、暴力の一切を怯え嫌うようになるほどのトラウマを刑務所で植え付けられ、 (2019年9月9日 21時) (レス) id: 6a86a136d3 (このIDを非表示/違反報告)
姫歌(プロフ) - コメント失礼します。時計仕掛けのオレンジとはアントニイ・バージェス著の時計仕掛けのオレンジでしょうか? (2019年9月9日 16時) (レス) id: d8a4d97043 (このIDを非表示/違反報告)
アバンギャルド・マボ(プロフ) - 南雲藍琉さん» コメントありがとうございます!! 忙しい中読んでくださって本当に有難う御座います…色々重く受け止めないでくださいお願いします(真顔 続きができました!長い話になっちゃいましたが、のんびりとお付き合いください笑笑 (2018年7月8日 15時) (レス) id: ea18c173c6 (このIDを非表示/違反報告)
南雲藍琉(プロフ) - ここ最近は2週連続検定やらテストやらで時間が取れず、読み込むことが出来ないためコメントは控えていたのですが、そのために作者様に誤解を生む結果になっていたのなら申し訳ありません。足立くんの話は更新される度読んでいますし、これからも楽しみに待ってます。 (2018年7月7日 14時) (レス) id: 2e644448cf (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:アバンギャルド・マボ | 作成日時:2018年3月11日 18時