【文スト夢】007の失踪≪２≫〜俺の失踪届けも出せ〜

大根一本満足　２ ページ5

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軽妙な言い口ではあったが、先生の声からは 言いようもない殺気が漂う。


その時、先生と 特別言葉を交わした訳ではなかったけれど−−同意見だったことだけは確かだ。


最早2ヶ月前に死んだはずの男が 生存している『可能性』がある、だなんて 悠長なことは言っていられない。と。


「ご夫婦は無事なんですか？！ 聞き込みをすれば、何か情報が」


私が半分怒鳴って聞き返すと、先生は苦虫をすり潰した様な低い声で唸る。


あの口達者な人が言い淀むとは珍しい。もしや……京極夏彦の魔の手にかかり、目も当てられぬ凄惨な状態に？


『いや。助かってはいるんだ。いるんだが……あぁ。少々待っていてくれ』


そんな私の杞憂とは裏腹に、数秒の沈黙から、ようやく返事が返ってきた。


電話越しに、けたたましいサイレンの近づく音がする。


救急車だ。仮に心中が成功してしまったなら、言い方は悪いが、“死体”は救急車に乗せることはできない。どういう形であれ 生き残ってくれたようだ。


「良かった……！ 心中を止められたんですね！」

『……まぁな。幸い、銃弾は顳顬(こめかみ)のすれすれを横断していったから、命に別状はない』


命に別状がないというのに……なぜ、こんなにも暗い声なのだろう。
先生は彼らの命を助けたのだ。銃を突きつけあっていた夫婦を−−。


−−−−先生が？


あの細い腕と、足と、実はかなり悪い運動神経と体力と……あれ。どうやって？



『……大根だ』

「大根」


私の心を読んだように、先生から言葉が発せられる。


大根。聞き慣れすぎた食材の名だ。


『ちょうど買い物の帰りだったので、たまたま持っていたんだ。そいつを夫婦めがけてぶつけてやった。以上』

「え、は、ちょ」


大根をぶつけるって、一体どれだけの力で。そもそも夫婦が立っていたのはフェンス越しだったはずでは。


そう尋ね返す前に、電話は無理やり切られてしまった。


◆


「僕の記憶が正しければ、綾辻先生は頭脳労働専門の探偵です」


坂口先輩の鋭い目線が突き刺さった。


「10ｍ以上先に立ってる夫婦の、腕だけを狙って豪速で遠投。そして発砲直前に照星をずらす……だなんて、プロ野球選手も真っ青な芸当が出来たとは思えないのですが」


この状況を正しく説明しろ、と暗に促されているのはわかる。−−心当たりならある。


(本人に聞くしかない。)


まずは探さなければ。私たちが隠している大量殺人犯と、堂々と会話ができる場所を。

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