折たく千代の記 〜足立、マフィア辞めるってよ〜【文/ス/ト】

字体が変わるレベルで猛省 ページ18

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恥の多い会社だなぁ。
これまで幾つもの場面で そのような意図を込めた目を向けられてきましたが、今回ばかりは そう思われていないことを、僕は切に祈りました。



「ねぇ先生〜！お湯使っていい？」

「へぇへぇ。沸かしてありますよ。勝手に使いな」

上がりこんだ瞬間、壱抜けたと言わんばかりに ドカドカと風呂場へ直行する社員その一。

「………せめて お茶だけでも、入れさせてください」

社員その二。
気を利かせたとはいえ、お茶を入れに台所へ歩いていく。

「気兼ねしなさんな。…見なよ。台所に風呂場、あっちこっちに四散してるから。人が」

「すッすいません！！」

「……墨汁が四散しても、まぁ。日常というか、」

「ほんっとすいません！！！」


社員その三。
家に上がった瞬間 棚に置いてあった墨汁を ぶちまける。

そ れ が 日 常 の 探 偵 社 と は ？

−−−そう、悲惨に四散なのであります。
家中に他人が歩き回っている感覚はどう考えてもおかしい。更に家を汚していくなんて以ての外に相違ありません。
にも関わらず 恥の多い会社のレッテルを貼られる 片棒を、僕は今、間違いなく担いでいるのです。

しかし先生は 慌てふためく僕を、
何やら微笑ましいなにかを見るように、ニコニコと眺めているではありませんか。
この距離感の正体が掴めていない僕はただ 先生の懐の深さに感服するばかりです。

「……なんか、遠慮があるのが凄い新鮮だなぁ。ウチに上がったことがない人なんて、最早君ぐらいだ。新顔さんの通過儀礼ぐらいに思っておきな」

通過儀礼ってそんな。
口を動かすよりも手を動かすと言わんばかりに 雑巾で額縁を拭きまくりました。
墨の海に沈んだものはなく、一緒に降ってきた額縁は 軽く表面を拭くだけで汚れることはなかったのが救いでしょうか。

通り一遍拭き終えると 額縁はすっかり綺麗になり、ガラスケースの中に入っていた習字の文字が見えてきました。
そこには 随分と達筆な筆跡で『折据』とだけ書いてありました。

「(……おりすえ、)」

それを見て、僕は国木田さんがここの塾の名は“おりすえじゅく”だと言っていたのを思い出しました。
学のない僕には それが何を意味するのかわかりませんでしたが、塾の名を冠するものにございますから、相当に大切な書であったと想像がつきまして、

「ほんっっっっっっっとに申し訳ありませんでした」

墨をぶちまけたことを平謝りに謝るほかに 何をすべきか、僕には思いつきさえしませんでした。

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