＊ ページ36
「出されなかった手紙、という可能性はありませんか？」
「と、いうと？」
史が続きを促す。
「2310年代は、統一政府が文字・本の統制完了を宣言した時期です。とはいえ、まだまだ外には文字も本も、民営の郵便もありました。だから、この時期以前と以後で政府の活動は大きく異なります。それまでは『収集』だったのが、『焼却』に変わったんです」
「……なるほど？」
そう言ったロスティスラーフの頭の横にハテナマークが見えたため、朝陽は言葉を足す。
「政府側はただ破壊をすればよくなったんです。これにより、協会側の被害はこの時期からじわじわと広がっていった、と記憶しているのですが……」
もしかしたら、この手紙を書き終えて。出すのは後にしようと。けれど出せなかった。
もしかしたら、その状況に至らしめた原因が「やるべきこと」だったのかもしれない。
朝陽がこれを想起したのは、数年前の出来事があったからだった。
『俺のロッカー使っていいよ』
これももう、今はいない人の言葉だ。先の戦いを待たずに死んだ、朝陽がまだ昇華隊員のアサヒだった頃の上司の言葉だ。
彼が彼女を含めた部下に信じて託していたのは、政府による焚書の記録だった。調査を始めたのは彼が最初ではないらしい。何枚ものリストには、彼のものではない筆跡から始まり、途中から彼のものになり、最後の項目はメモ書きの「要調査」で止まっていた。付箋に書かれたその文字は、おそらく調査したら捨てる文字だったのだろう。そして、その調査は自分で行うつもりだったはずだ。結局、その調査を行うのは彼の部下たちになったが。
人が未来にどんな予定を立てていたとして、「現在」は終わる時にはあっさりと終わる。未来があることは、案外あたりまえではない。
彼ももしそうだとしたら。
『俺のロッカー、使っていいよ』
望んだ形でなくとも、あの人は「未来」につなぐ言葉を私たちにくれた。――私たちにとっては、不本意だったけれど。今でもまだ教えて欲しいことがたくさんある。ふと、「あの人だったらどうするだろう」と考えてしまうことが何度もある。
けれどきっと、あの言葉は、あの人にとっての最善だったのだ。死、というのは突然やって来るらしい。この手紙を書いた人にも、もしそうだったとしたら。手紙を出す、という未来には至れなかったとしても。
どうか、その間際に一瞬でも報われていてほしい。
朝陽は、そう思った。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 2人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
