―100― ページ7
.
眉を寄せてどこかを見つめている社長に私は奥の手とも言える言葉を付け加える。
「翔くんも和也さん呼びたいって、言ってましたよ」
「……なんだ、お前も翔くんと同じか」
社長がふっと口元に笑みを浮かべた。
社長がこういう顔をするときは翔くんのことを考えているときだと相場が決まっている。
「翔くんにもそういや言われたな。わかったよ、お前たちがそう言うなら招待状を出してやる。OHNOからSAKIE宛てに出せばいいんだろ」
「……社長！」
「今回だけ特別な」
そう言う社長は優しく笑っていた。
私と翔くんのお願いを聞いてくれるらしい。
しかも思いのほかあっさりと。
私が笑顔になると社長がすうと視線を逸らして立ち上がった。
「お前は、和也が来るとやっぱ嬉しいのか」
「え？いや、それは少しちが、」
「いい。……そうだよな」
「あの、社長……？」
「A、俺はこれを片付けてくるからコーヒーでも淹れといてくれ」
「……わかりました」
書斎に入っていく社長の背中を見送りながら私は声に出せなかった気持ちを飲み込む。
和也さんが来るから嬉しいわけじゃなくて、社長が和也さんを呼んでくれるという事実が嬉しいんだけど……もしかして社長からしたら同じかな。
私はもやもやする気持ちを抱えながらお湯を沸かすために電気ケトルを手に取った。
なんにしても、これで社長と和也さんを繋ぐことが出来た。
社長からの正体を最初から諦めていた和也さんが喜んでくれればいいと思うし、和也さんと社長が少しでも話が出来ればいいと思う。
ちょっとでもいいから、二人が抱えたわだかまりを小さくする糸口にでもなれば嬉しい。
「社長、コーヒー入りましたよ」
「ありがとう」
この時の私はまだ、自分は社長と和也さん、兄弟二人のためにと考えているんだと思っていた。
移り変わる人の心は自分のものだとしても上手くはつかめないものだ。
運命のその日まで、気が付けば十日を残す余りとなっていた。
.
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 322人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：iCHiKA
| 作成日時：2021年3月29日 22時
