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翔くんの提案で、一時間後、私は松本くんの運転する車に乗っていた。
車は都心に向かってどんどん走っていく。
「ねぇ翔くん、本当にいいの？急に押しかけて大丈夫かな」
私は車に乗ってから何度目かの質問を口にする。
隣のシートに座った翔くんは「大丈夫だよ」と同じ言葉を繰り返した。
「おれ息子だよ？息子が急に帰ってきたからって追い返したりしないよ」
「それはそうかもしれないけど……」
「ちゃんと連絡入れてありますから安心していいっすよ」
「それも聞いたけど」
二人と話しながら私は何に落ち着かないのかようやくわかってきた。
社長の実家に急にお邪魔する、という状況に緊張しているんだ。
翔くんと松本くんはともかく、私ははたから見れば新人社員でしかない。
一緒に行っちゃっていいのかな。
そんな私の思考がわかっているのかいないのか、翔くんは私の顔をのぞき込むと満面の笑みで言った。
「大丈夫だって、Aさん。貴女は智くんの婚約者なんだから」
「……うん」
いつもならきっと否定した。
だけど今日の私は、翔くんの自信満々な言葉が嬉しくて。
素直に頷いてしまったのは翔くんがあまりにも本当のことのようにその嘘を口にしたからだ。
「そうだ翔くん、社長って今日お休みかどうか知ってる？」
「智くんなら今日と明日はお休みだよ。さすがに忙しかったからね」
「そっか」
私は知らなかったけど翔くんは聞いていたようだ。
やっぱり社長にとって翔くんは特別なんだな。
ちょっとだけ、その距離を羨ましいと思ってしまうのはもう仕方がない。
私たちを乗せた車は世田谷の一角で止まった。
和洋折衷な門構えと長く続く塀。
松本くんは車を降りると隣の通用口らしき扉から中に入っていく。
やがて門が内側へ開いた。
「……すご」
「お祖母様の趣味なんだ、和風なの」
「へぇ……」
SAKIE創業者のご自宅なんだからこのくらいあっても普通じゃないのか。
圧倒されてる間に松本くんが戻って来て門の中に車を滑り込ませる。
中で止まるとまた車を降りて門を閉じに向かっていた。
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作者名：iCHiKA
| 作成日時：2021年3月29日 22時
