ピアノとバレー (白布 賢二郎) 3

テンペスト ページ22

ステージから、こつ、こつ、と靴の鳴る音がした。



眩しい光を浴びながら歩く黒いスーツの青年。




艶のある黒髪、



少し長い前髪から覗くダークパープルの瞳、



光に映える白い肌。





全て見覚えのある容姿。



・・間違いない、あの人は、





私の幼馴染であり、



同じピアノを志すライバルだった、






『卯、くん・・・』





ピアノの前に立ち、お辞儀をする彼を見つめる。


背がずいぶん高くなった。顔立ちも大人っぽくなった。


でも彼は、卯くんだ。




優「気付いたのね。」


『はい・・』


優「卯くんはね、去年の優勝者なのよ。」


『！、そうなんですか。』



だからホールの空気が変わったんだ。


優子さんが肘掛けに頬杖をつきながら微笑む。



優「彼の演奏、別格だそうよ。」


『別格・・・』



・・・どんな演奏をするんだろう。


卯くんは本当に上手だった。



ホールに期待と緊張を含んだ静寂が続く。



卯くんがピアノの椅子に腰掛け、じっと鍵盤を見つめた。


スーツの下のボタンを１つ外すと、


その白い指を鍵盤に乗せる。



そして次の瞬間、


彼の指は静かに振り下ろされた。




アレグレットで、


16分音符の連鎖のテクスチュアが切れ間なく続く。




・・・ベートーヴェン、「ピアノソナタ17番 テンペスト第3楽章」。



テンペスト、は“嵐”という意味だ。



２つ目の16分音符に向かった主要主題。


最後の8分音符はスタッカートだが、主張し過ぎす、静かに消えた。



半音階が2度繰り返さる。


短い強さのスフォルツァンドと、それ以上に際立たせられた直前のフォルテ。


繰り返されるフォルテとピアノ、


この難しい半音階を、卯くんは少し身を屈めながら弾きこなしていく。


繰り返し自問自答をしているかのようだった。



低音の連鎖の後、


この曲では貴重な、明るい場面。


ハリのある自信に満ちたオクターブが響く。



そして憂愁な雰囲気を持ったプラルトリラー。


オクターブ奏法が複雑な心のせめぎ合いを表現していた。


メロディーのレガートが不安を含んだ音ながらも綺麗に流れ、



また、瞬発的に強弱が変わる。


ピアノはまだある望みにすがるように。


フォルテはどん底に突き落とされたように。


よく音を聴かないと急いでしまうであろうフレーズを卯くんは弾きこなす。



すごい・・・


こんなに・・・、


こんなに鮮明に、荒々しい嵐と心の葛藤を表現できるものなの・・？

心→←嵐の始まり

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