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「来てくれただけで充分、ですよ。いつもわがまま、つきあってくれて、ありがとうございました」
もうAは自分の死期が近いのを分かっていた。今にもオレの顔に添えられた手が滑り落ちてしまいそうでそっちにも自分の手を重ねる。もう口に出ていた。
「A、好きだ」
「…おそい、ですよ、九井さんのがんこもの、」
Aの目には涙が浮かんでいて、オレを睨んでいた。
もういっその事をオレを嫌ってほしかった。
「ごめん、Aごめん…ごめん」
「九井さん、もういいですから、…あの、このあといえに行って欲しい、んです…、クッキー…つくったんです、ひなちゃん、と」
「っ…わかった、絶対行く、」
Aは“このあと”と言った。それはもう自分がこの世にいないということを前提に言っている。流れる涙がAの手を濡らしていく。
「ここのいさん、さいごのわがままいいです、か?」
「あぁ、」
「きす、したいで…」
もう瞼が閉じかけている瞳が穏やかにそう言って、オレの顔に添えられた手をだらん、と落とした。オレは勿論それに頷いてもう目を閉じてしまったAに口付けた。唇を離しても、もうAの反応はなく、唇を離してしまえば首を傾けて覚めぬ眠りについていた。
これから家に行かなければならない、時計をふと見れば丁度12時を指していた。そうか、神はAの命までも奪っていったんだな。
静かに病室を出て、看護師と医者にAが亡くなったことを伝えて、真っ直ぐAの家に向かった。立ち入り禁止とされたテープを剥がして、カードキーを使って家の中に入り、リビングに行けば悲惨だった。放置していた段ボールの中身も散乱していて、引き出しやら何もかもが開けられていた。
リビングをでて階段の方へ向かえば、血痕が残っていた。ゆっくりあがれば寝室の戸が開いている。まるで、そこにAがいるかのように。
「…これか」
寝室にはもちろん誰もいるはずがなく、テーブルに丁寧にラッピングされたクッキーが置いてあった。メッセージカードには九井さんへ、とだけ書いて。
それを開けて、口に入れた。ざく、と口内の肉まで噛んでしまった。血の味がする。せっかく作ってくれたものが不味くて、顔を顰めて少し笑った。
「まずっ、しょっぱ過ぎだろ」
静寂が訪れた。
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Fin
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m(プロフ) - 初コメント失礼します。本当に素晴らしいお話でした。完結前に出会えなかったことは悔しいですが、本当に大好きな作品になりました。人間的なストーリーで心が引き込まれ、感動しました。この作品を作っていただき、残していただき、本当にありがとうございます。 (2023年2月19日 12時) (レス) @page33 id: 0d9b393e0f (このIDを非表示/違反報告)
推しが尊い - 思わず涙がこぼれてしまいました、、、。切ないしもうなんかよかったです。私もテストヤバイ、、、、、 (2021年11月30日 1時) (レス) @page33 id: 11fe216a38 (このIDを非表示/違反報告)
パチンカスヱ(プロフ) - セツナさん» 読んでくださる方々のおかげで無事完結出来ました🥰感動していただけたんですか…めちゃくちゃ嬉しいです🥺❣️こちらこそ最後までお付き合い頂きありがとうございました❕ (2021年11月29日 16時) (レス) id: fe109e5f3f (このIDを非表示/違反報告)
パチンカスヱ(プロフ) - 楸さん» あええ大好きなんて悶えます…🤦♀️私もちょっと寂しいなって思ったりしているのでまたココくんの作品書きたいと思ってます❣️頑張ります!!最後まで読んでくれてありがとうございました🤍 (2021年11月29日 16時) (レス) id: fe109e5f3f (このIDを非表示/違反報告)
パチンカスヱ(プロフ) - アオさん» 完結までお付き合い頂きありがとうございました!!バンドエンドもいかがだったでしょうか…😌喜んでいただけていたら嬉しいです! (2021年11月29日 16時) (レス) id: fe109e5f3f (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:パチンカスヱ x他1人 | 作成日時:2021年11月12日 0時