PARACAGE 7th【ars】 (ページ30)

今日:3 hit、昨日:8 hit、合計:1,010,481 hit

240.知ってる。ページ30

「俺、咲で居る時は『相葉雅紀』の部分ってほぼ出してなかったの」

はい、知ってます。
毎号少しだけあるモデル近況でチラっと素が見えるだけで、パーソナルデータはほとんど出してないですよね、知ってます。

「だから今回色々と訊かれてー、んで答えてー、何か新鮮だったなぁ」
「目標以外には、どんなコト訊かれたの？」
「まぁ普通に趣味は？とか、好きな食べ物は？とか、誰が興味あんのって事ばっか」

雅紀くんはアハハーって軽く笑ってる。
本気で『誰が興味あるんだ？』って思ってそう。

「それは私も買って読まなくっちゃ！」

毎号買ってるのに、シラっとそんな事を言ってみた。
彼は「何か恥ずかしいよー」って首を振った。

「だって、雅紀くんの秘密が色々書いてあるんでしょ？」
「秘密じゃないって、単に言う場所や機会が無かっただけで」
「でも知らなかったコトがたくさん書いてありそう」
「あの程度なら、Aちゃん全部知ってると思うけどなぁ」
「え？」
「俺、家では『咲』じゃないって言ったでしょ？そのまんまだもん」

もし私がテラハウスに住んでなかったら、咲くんの特集記事は永久保存版にする程に感激したはずだ。
だって趣味も好きな食べ物も知らなかったんだから。
まるでお人形のようだった咲くんに、血が通った感覚だったと思う。

でも、私は『雅紀くん』を知ってる。
好きな食べ物どころか、使ってるシャンプーや柔軟剤も。毎週読んでる漫画だって知ってるし、お気に入りのエナジードリンクだって知ってる。

ふわりと香るこの香水は、私と同じだって事も。

「記事に書かれる事より、Aちゃんが知ってる事の方が多いよ」
「...そっか」
「俺はどのくらいAちゃんのコト、知ってんのかな」
「え...？」

フッと笑って、雅紀くんが俯いた。

さっき私達の近くを歩いて行ったラブラドールとお兄さんが戻って来て、通り過ぎる。

海の橙色はどんどん濃くなって行って、空の上部は紺色に染まって来た。

「陽が落ちるの早くなったね」
「そうだね」
「寒くない？」
「んー...大丈夫！」

本当はちょっと肌寒い。
ストール持って来れば良かった。

そう思ってると、肩にスルリと雅紀くんの腕が回され身体を抱き寄せられた。

「俺ちょっと寒いんだよねー」
「あ...」
「ってのは、都合の良い言い訳」
「......」
「フフッ、あったかいね」

雅紀くんが頭をコテンと私の頭の上に乗せる。

目を閉じると、小さな小さな波の音。