PARACAGE 5th【ars】 (ページ30)

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170.薄い唇。ページ30

ソファの上、向かい合う。
私は体育座り、ニノくんは胡坐。

「結構、抱き心地良いね。A」
「もう...何言ってんだ」
「褒めてんだよ？」

ニノくんが、ヘラっと笑う。

「何か...Aの顔見たら、緩んじゃってさ」
「......」
「しんどいと、人肌が恋しくなんだよね」

ベランダで雅紀くんに抱き締められた日の事を思い出して、息苦しい。
ただただ、人肌が恋しくて抱き締められた夜。
それでも良いと、思った夜。

「A、怒った？」
「え...？ううん、何で？」
「ここ。皺、寄ってる」

ニノくんが私の眉間を人差し指で軽く押した。

「あー...大丈夫！怒ってない、平気」
「そっか。でも、ごめんね」
「え？」
「押し倒しちゃった」

ううん、と首を振って応える。

「頭、肘置きにぶつけちゃった」
「それは痛かった」
「鼻も噛んじゃった」
「それも痛かった」
「ごめんね」
「許してあげよう」

ンフフってニノくんが両肩を上げて笑った。

「ねぇA？」
「うん？」
「オレ、フラれた」
「......」
「捨てられちゃった」

捨て犬みたいな表情で言うもんだから、思わず胡坐の上にある彼の手に自分の手を重ねる。
ニノくんが手元を見て、静かに口角を上げた。

「オレ、アイジンだしさ。いつも覚悟はしてたの。でも...何か、ちょっと思ってたのと違った」
「え...？」
「もうオレに飽きたーとか、ダンナに悪いと思ってーとか、捨てられるとしたらそんな理由だと思ってたんだもん」
「...違ったの？」

違った、ってニノくんは笑う。

「子供。出来たんだって」

鳶色の目の中が、ゆらりと揺れる。

「前にさ、Aと話してた時に言わなかったっけ。カノジョ、夏バテで全然遊べないって」
「...あ、言ってた...」
「アレ、夏バテじゃなかったってゆー最悪のオチ」
「......」
「それってオレの子じゃないの？って思った。だってアイジン作るような人だよ？」

ニノくんの薄い唇が、痛々しく言葉を綴る。

「ダンナともシてるなんて思わないじゃん。オレだけだと思うじゃん」
「......」
「けど、現実は全然違った」

天井を見上げたニノくんの首が真っ白で、消えてしまいそうに真っ白で。

「カノジョ、薬飲んでたんだって。オレじゃなくって、ダンナとの子供がちゃんと出来るように」

―あの人はね、きっとずっとオレの事なんか見てなかった―

ニノくんの言ったその台詞は、まるでドラマを観てるみたいに非現実的。
だけど、ニノくんにとってそれは、現実。