【明治東亰恋伽】もしもがあるなら 参

【その場で立ち尽くす】 ページ44

状況を理解するのは簡単だった。でも受け入れる事は難しい。頭の中は真っ白で何も考えることができなくて、ぼんやりとナイルさんが去っていった方向を眺める。
そこに後ろ姿はもうない。視界に写るのは笑い合う人々と豪華絢爛な鹿鳴館の景色。見れば見るほどそこは別世界のように感じ、自分がこの世界の異物なんじゃないかとさえ思う。

ナイルさんの行動の全てが間違っているとは思わないけど、すんなり納得はできない。
しかし、今更思ったところで後の祭り、というやつだろう。なんとなくナイルさんにはもう会えない気がする。
混乱し過ぎて不思議と、冷静だった。だからこそこの場から動く気になれないまま、時間だけが過ぎていく。

結局、私がこの時代にいるのはナイルさんの暇つぶしの延長線上なのだ。初めから利用されていたということで。昨日の一件といい、現代で詐欺にあわなかったのが不思議なくらいだ。
その時代にはその時代の危険があるんだとぼんやり思うと同時に、連絡手段の無いこの時代、人買いからすぐに助け出してもらえたことが奇跡のように思う。
元の時代に帰ることができないとわかった今、身を守る術を少しでも身につけなければならない。悶々と考えていると、後ろからトントンと肩を叩かれる。



「何かお困りですか？」



『岩崎さん……』



岩崎さんは心配そうにこちらを見ていた。



「こんにちは、Aさん。先日はお力になれず、すみませんでした」



そう言って岩崎さんは深々と頭を下げる。



『や、やめて下さい！そもそも私が騙されたのがいけないんですから！』



私は両手を胸の前で振って否定した。
しかし岩崎さんには引く気はないようで頭を下げ続けている。



「いえ、私が止めていれば大事にならなかった筈ですから。男として情けありません……」



『その気持ちが嬉しいですよ！気になさらないでください。寧ろ岩崎さんのお体の方が心配です……本当にありがとうございました』



「！」



優しくて真っ直ぐな人だ。今までもそうだった。約束をすれば守ってくれるし、真っ直ぐに向き合って接してくれる。こんなにも優しい人に私は……、そう思うと気分がどんどん沈んでいく。そんな自分を見られたくなかった。



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