【呪術廻戦】サヨウナラとこんにちはを今、君に。【五条悟】 (ページ7)

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「……そんな事考えて、帰るって言ってたの？本当に？」

彼女には見えていないだろうが、アイマスクの中で瞬く回数は先の比ではない。教師に有るまじき、と言われればそうだと頷くしか無いけれど、非常識にも僕はAを長い間指差してしまった。

眼前に吊るされた人参を見て、追い求め走らない馬が居るだろうか？
いや、彼女は歴とした人間だ。馬に例えるのは幾ら何でも失礼か。

耳を、目を疑っている僕に対してAは困惑した様子を見せる。『えぇ……？は、はい』だなんて疑問符滲む声を聞いてしまえば、自他共に認める最強とて、込み上げる笑いは止められなくて。

「あっ……あははは！ふ、ふふ、っく……おンもしろいねぇ、君」

「え、えぇ……っ？ご、ごめんなさい？」

「んふ、ふふふ。なぁんで謝るのさ、僕は褒めてるんだよ？一風変わってるねって。だってさ、君は努力せずとも手に入れられるものを、態々迷惑掛けるからって事で手放そうとしてたんでしょ」

いきなり笑い始めた僕を見て狼狽したのか、先程よりも少女の発汗は多い。六眼を持っているとこんなものまで見えてしまうから、大抵の事は手に取るように分かった。
だからAの発言も、本心で言っている事が分かる。
最高に面白くて最高に、――反吐が出そうだ。

「ここが気に入らないから〜とか、僕が嫌いだから〜とか、そういう一般的に言えば自分勝手な事で僕に帰るって言ったんじゃなくて。『僕に迷惑を掛けたくないから』、そう言ったんでしょ。……ふ、ははっ！面白い、面白いよ君！サイッコーに偽善だね」

美しい程の自己犠牲、美しい程の他者優先。
腹を抱える程に面白いのに、胸中を渦巻くドロドロとしたものが消えない。理由は分かっていた。
僕が、偽善を嫌うようになったからだ。

綺麗事、自己犠牲。他者優先、それらは一つの例外無く美談には欠かせない精神だ。そりゃあそうだろう、他人から見て『美しい』と感じさせなければならないのだから、手っ取り早く他人を優先して自分が奈落へ身を投じればいい。

きっとこの娘はそれを無意識のうちに行っている。故にあの男より、何倍もタチが悪い。

「……はぁ。馬鹿な事考えてないで、さっさと寝なよ？じゃ、僕はまだ任務あるから」

チャオ〜と軽薄そうに手を振れば、僕は自分の一部を締め出す行為にそれ重ねながら、マンションの扉を閉めた。