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別の場所に移動したのだろうか。もしかしたらあれは、彼のはったりだったのかもしれない。ならば、出なくて正解だった。
緊張がほぐれ、胸をなでおろす。しかし、ここで気を抜いてはいられない。もう一度大きく深呼吸をし、前を見据え、木から体を離し、足を一歩踏み出した、その瞬間だった。
「みぃーつけた」
背後から伸びた手が彼女の腹に回り、同時にもう一方が頬を掴んだ。
思わず、息が止まる。
ほんの一歩、踏み出した際の、木と彼女の隙間に男は居た。雨で冷え切った体に、密着している彼の身体は熱を与えているはずだが、彼女の身体は反対に背筋から凍っていく感覚がしていた。
呼吸の浅い彼女の顔を、掴んでいる手が無理やり上に向かせる。絶望に染まった彼女の瞳に映ったのは、狂気に歪む翡翠色。
「あーぁ、折角チャンスやったのに、出てこんかったんはお前やで?」
くひひ、と口を歪ませながら、頬を掴んでいた手を緩め、そのまま下あごを撫でるようになぞる。ぞわぞわとした感覚に顔が強張るが、体は石のように全く動かない。
否、動かせないのだ。
彼に驚いて腰は抜けてしまっており、彼が手を離せばそのまま地面に座り込んでしまうだろう。それに、何よりこの男の冷え切った瞳に睨まれている今、ただのちんけな小娘が正気でいられるわけがないのだ。
怯えて口からは微かな空気しか吐き出さない彼女を見てどこか満足げに笑った男は、彼女の目元の雫をぺろりとなめとる。ひ、と声を漏らした彼女にかはは、と、恍惚とした笑みを男が浮かべる。
それがトリガーとなったのか、ぽろぽろと涙を流し始めた彼女に、1つ頬にキスを落とした男は、彼女の身体を支えながら膝の裏に手を回し、そのまま彼女を姫抱きにした。
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作者名:白詰クサ | 作成日時:2024年2月26日 23時