+ ページ26
時は5分前に遡る。
Aが古びた手すりに手を添えながらゆっくりと階段を上がり、扉に手を伸ばした瞬間であった。
「ごめんね。呼び出しちゃって。」
扉の向こうからの声に伸ばした手が止まる。かわいらしい、鈴のような女の子の声であった。
震える声には緊張と、どこか不安げな色が混じっていて、庇護欲が掻き立てられるような、そんな声だ。少し低く、クラス対抗合唱コンクールで万年アルトの自身の声とは似ても似つかんな、と、Aは思った。
「あー、別に。部活もないし、平気やで」
自分の入る幕ではないな、と引き返そうとした瞬間、そう返す男の声に、酷く聞き覚えがあって、足を止める。
はっと振り返り、光が差し込む扉の隙間を見つめた。
胸が掻き立てられるような感覚から、思わず彼女は、先ほど引き返した階段をもう一度上り、扉の隙間から向こう側の景色をのぞき込む。
そこには、昼、彼女が熱心に視線を向けていた相手と、小さな、かわいらしい女の子が、向かい合って立っていた。
思わず息を呑む。青春の一ページ。少女漫画の一コマと言ってもいいほど、夕日に照らされている彼らは、キラキラと輝いていた。
もじもじとスカートを握る女の子の手は、紅葉のように小さく、かわいいものだった。華奢な体は、少し乱暴にすれば折れてしまいそうで、あんな子に抱きしめられたら、男子はたまらないだろう。
スカートを握りしめていた女の子が、ひとつ呼吸をおいて、シャオロンに向けて言葉を投げかける。
「あのね、」
好き。好きなの。
生暖かい風に乗せられたその言葉は、扉の隙間から、Aにも伝わってきた。女の子の熱にあてられるのと対照的に、指先あたりが冷たくなる。ふと、昼食の時に幼馴染から言われた言葉が彼女の頭をよぎった。
ロボロ…獲られて、しもたかも。と、彼女から小さく、自嘲気味な笑いが漏れた。
50人がお気に入り
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:白詰クサ | 作成日時:2024年2月26日 23時