受け入れること3 ページ24
「――君は何故足掻く?」
Aさんはそう僕に訊いてから、答えも聞かずに霧の向こうの禍々しい建物の方へ歩いて行った。だがもう、鏡花ちゃんや芥川に先に行かれてしまった時のような焦燥感はない。
Aさんの問いを咀嚼するように拳を握りしめる。Aさんが置いて行った穴だらけの黒外套が皺を作った。
不意に強い風が吹いて、何事かと頭をあげる。霧の中に、今まで何度も見てきた、夢にまで出てきた扉が見えた。
荘厳で重厚な、神々しい白い扉。澁澤の名前を聞いてからずっと頭から離れない扉。そこから風が吹いていた。
『敦』
背後から聞き覚えのある声が聞こえる。記憶に絡みついて離れない、呪いのような声。恐る恐る振り向けば、かつて居た孤児院の院長先生が僕を見下ろすように立っていた。
これは夢か、あるいは幻か。
でも、幻だろうが何であろうが院長先生の姿を見る度に、僕の胸に黒くて汚い物が溜まっていくのは変わらない。非道い折檻を何度も思い出す。この人は、いつも僕の道を塞ぐように立っている。
『覚悟は出来ているのだろう』
――え?
誰だろう、と思った。この人が、院長先生が僕に優しく語り掛けた事などあっただろうか。この人は、僕にとっての恐怖の象徴で……。
『人を守らぬ者に、生きる価値などない。嘗て私はお前にそう云ったな』
院長先生は背を向けて何処かに歩いて行く。
『お前へかけられた期待を裏切ることも、同罪だ』
院長先生の姿が、霧に隠されてゆく。
僕は扉の方を向き、やたら荘厳なそれに手をかけた。途端、また院長先生の声が聞こえてきた。
『忠告しておく。――知ってしまえば、知る前には戻れんぞ』
「……!」
足元から急速に温度を失って、その震えが上半身にまでやってくる。
『それでも良いと云うなら、開けるがいい。もう、その扉を開ける資格は持っている筈だ』
振り返った時には、院長先生はいなかった。
また扉に手をかける。
その扉に、躍動的な虎が描かれていたことに気付いた。
扉の向こうから幼い少年の悲鳴が聞こえて来る。それから今迄の違和感達を繋ぎ合わせる。
――この扉の向こうはきっと記憶だ。僕が無意識の内に消し去った記憶。
それでも、とやたら重い扉をこじ開ける。
虎を取り戻す為に、自分の傷を取り戻す為に必要な事だという確信と共に。
ぎこちない音を立てて開いた扉の向こうには、石造りの部屋が見えた。
その部屋の中で絶叫していたのは、過去の僕だった。
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夢秋(プロフ) - 蒼さん» ありがとうございます! 一歩間違えたら夢主ちゃん太宰さんに閉じ込められるくらい無茶してます。早く起きないかなー(どの口が) (6月21日 3時) (レス) id: 9185832e78 (このIDを非表示/違反報告)
蒼(プロフ) - 主人公ちゃんんんん目覚めないと太宰さん泣いちゃうよ!?!?ついでに私も泣くよ!?(?)BEASTめっちゃ好きだけど!!作者様へ神作品です最高ですありがとうございます (6月13日 12時) (レス) @page50 id: 699f0917a9 (このIDを非表示/違反報告)
夢秋(プロフ) - いけるしかばねさん» ありがとうございます! これからしばらくリメイクに入るので実質回想シーン→BEASTで夢主なかなか起きないことになります( ͡ ͜ ͡ ) (2023年2月3日 14時) (レス) id: 28dc9b7eb5 (このIDを非表示/違反報告)
いけるしかばね - ぬあぁぁああ起きろよ主人公!!いやbeastもいいけど嬉しいですけど!!! 続き楽しみに待ってます頑張ってください! (2023年1月31日 16時) (レス) @page50 id: c9b27d8eb7 (このIDを非表示/違反報告)
夢秋(プロフ) - 蒼月さん» ありがとうございます!! イベントとか終わったらぼちぼちリメイクしながら再開します!! (2023年1月24日 2時) (レス) id: 9185832e78 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:夢野秋 | 作成日時:2021年11月1日 2時