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振り返った広間から満月に視線を戻そうと体の向きを変えたそのとき、視界の隅にひとりの女性が映った。
白いマーメイドドレスを着た、髪の長い若い女性。
「…A、様…？」
思わず口をついてでたその名前に、彼女は少しだけ首を回した。
伏せがちなその瞳が何色かはわからない。
その瞳を見れば、あなただとわかるのに。
「…誰のこと、ですか？」
さやさやと風がそよぐような綺麗な声が、僕に話しかける。
やっぱり彼女はあなたのような気がしたけど、どことなくあなたではない気もして。
そもそもあなたはもう彼のものなんだから、今あなたの隣にいるのは彼のはずで、こんなところに一人でいるはずがない。
その後ろ姿が似ているだけだ。
きっと、あなたを求めすぎている僕の見た幻にすぎない。
「月を見てると、ある人のことを思い出すんです」
「……」
「すみません、おかしな話ですよね」
「…わたしも思い出しますよ。
大好きだった人のこと、守れなかった約束のこと」
「僕も同じです。大好きだった…
今でも好きな人との守れなかった約束」
「わたし達、似てますね」
「…はい」
初対面なのになんでこんなにべらべら自分のことを話してるんだろう。
不思議と人を惹きつける彼女の話し方と声に、やっぱり僕はあなたを思い出してしまう。
「「あの…っ」」
重なった声にふたりして思わず笑った。
お互いに顔は見えていないのに、同じ月を見ているからか、どうしてか気持ちは一つ、同じところにあるような気がしてくる。
お先にどうぞ、いえいえお先にどうぞ、なんてよくあるやりとりなのに、それだけで心が小さく弾んで。
「じゃあお先に」
「はいどうぞ」
「今夜は仮面舞踏会だし、もし嫌だったら、偽のものでもいいんですけど…」
「名前、ですか？」
「…え？」
「僕も同じこと考えてたから」
「ふふ、やっぱり似てますね、わたし達」
「前にもあったことがあるかもしれないですね」
「うん、そうかも」
こんな気持ち、久しぶりだな。
自然と笑みが浮かんだ。
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作者名：寧桜 | 作成日時：2018年10月22日 19時
