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慌てて彼女の方を振り返れば、彼女の顔が見える前に、ふわりと甘酸っぱい匂いが鼻孔を満たした。
あたたかくてふわふわした何かが僕の頭を包み込んでいて。
どくどくとたしかに波打つ小さな心臓の音が耳元で響いた。
「…ねえ。お兄さまはもういないんだよ？
いつまでも、自分を責めないで」
いつも聞いていた無邪気なじゃじゃ馬娘の声とは違う、気品のある声が僕の胸にすーっと降りてきて。
ああ、この方は本当に本当の王女さまなんだ。
そう思いながら、溢れる涙を、我慢していた涙を抑えることができなかった。
いつの日か、僕をジンと呼ぶようになったのはヨン様を思い出させないようにするための配慮だったんですか、と尋ねた僕に、あなたは少し頬を染めながら、本当に長くて呼びにくかっただけ、なんて言ってたっけ。
「一つだけ聞いてもいいですか？」
「なあに？」
「不躾かもしれませんが…」
「うん」
「……ヨン様のこと、悲しくないんですか？」
「悲しいよ。悲しくて、寂しいにきまってる」
「じゃあなんで、そんなにずっと、笑ってられるんですか？」
彼女の方が僕より2つも歳下だというのに、そんなことを尋ねる僕に、彼女はしばらくううんと唸る。
「…今は、星中の人々が涙に暮れてる。みんな、お兄さまを慕ってたのね」
「………はい」
「だから、せめてわたしは笑ってないと」
「え？」
「わたしが笑い方を忘れたら、この星はもう二度と笑えない。
そんな気がするの」
泣きはらした僕の顔を見て、にかりと笑う彼女に胸が、大きくとくんと波打つ。
今度こそ。
今度こそ僕はこのお方を、命に代えてでもお守りしなくてはならない。
そう思った。
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作者名：寧桜 | 作成日時：2018年10月22日 19時
