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さっきまでは心地よかった風も、今はただの、胸糞の悪い生温い風となってしまった。
「……はあ」
空に浮かぶ月さえも、ただただそこに存在することにしか価値を見出せない。
…本当に、人違いなのか？
あんな瞳をした人なんて、世の中にそうそういるわけでもない。
ましてやこの仮面舞踏会の招待客に二人もいるほど多いはずがない。
あなたじゃ、なかったんですか？
僕のことだって、本当は気づいたんじゃないんですか？
なのにどうして。
あなたがどうして僕から逃げようとするのか、僕にはわからなくて。
あの頃の僕だったらあなたの考えてることなんて、手に取るようにわかったのにな、なんて苦笑が零れる。
いつのまにか僕らは大人になって、一番近くにいたはずなのに、もうその距離は、測り知れないほど遠くなってしまって。
僕の知らないあなたが、どんどん増えていって。
“セイヴァー・ボイス保持者に対する無理な剥奪”
“セイヴァー・ボイス保持者の可能性がある胎児への呪い”
挙げ句の果てにはその残虐さから、 “ 石の女王” なんてあだ名すらつけられてしまって。
僕が知ってるあなたは、もう跡形もなく消えてしまったのかな。
そう不安に思う時期もあったけど。
“人は木石に非ず “
あなたは紛れもなくひとりの人間で、石なんかじゃない。
きっとあんなことをしたのには、それ相応の理由があるはずで、もう一度出会えば、あのねジン、なんて泣きべそをかきながら言い訳してくれるんじゃないか、って、ずっと思ってた。
瞼を閉じれば、そこにはいつだってあなたの無邪気に笑う姿が浮かんでいたのに。
ぽっかりと空に穴をあけたように浮かぶ月から目をそらし、瞼を閉じる。
そこに映ったのは、涙を浮かべて愕然と僕を見つめるさっきの彼女だった。
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作者名：寧桜 | 作成日時：2018年10月22日 19時
