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健二郎はAの寝顔をボーッと眺めながら、昼間のある一場面を思い出していた。
“山下…健二郎を…。”
あの時、俺のために。
いつもは絶対に見せない必死な顔をして走ってきたA。
(自分、ほんまは何考えとんのや…)
思っていることを素直に伝えてこないし、こちらの思いも汲み取ろうともしないA。
その癖自分の意志はしっかりと持って絶対に曲げない。
意地かプライドか？それとも全てはHIROさんのためか？
与えられたことを 何も考えずただこなしているだけの人形のような女だと思っていた。
そんなAが大嫌いだったはずなのに。
この、胸の底からじわりじわりと滲み出て 身体全体を覆い尽くすような暖かい感覚はなんだ。
…嬉しかったのだ。
絶対にあり得ないと思っていた相手が危険をかえりみず走ってきてくれたことが。
例えそれが俺のためでなく、他の何かの為だったとしても。
あの時のAは確かに俺だけを見ていたはずだ。
そんな事実が確かに嬉しかった。
…大嫌いなAのはずなのに何故。
…まさか。
(勘弁してや…)
気付いてしまった気持ちに戸惑い、上体を傾け左手を額に当てる。
だとしたらおそらく、今じゃない。
初めて出会った時からずっと見ていた。
俺に微塵の興味を示さないAに苛立ちを感じたのは。
嫌いだったからじゃない。
俺はもうずっと前から、
世界一大嫌いなこの女に、恋をしていたのだ。
逃走中編 完
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作者名：とまと野郎
| 作成日時：2014年11月5日 19時
