埼玉合宿 3日目 ページ24
◇
「A、昼飯行くぞー」
「あ、うん！」
合宿3日目。
声をかけてくれた夜久に返事をしながら、ペンを水道に忘れてきたことに気がついた私は、お昼の前に取りに行ってくると声をかけて水道に向かう。
一緒に行くかと聞いてくれる海に、すぐだから大丈夫！と後ろ向きで笑って答え、走って水道に行くと思わぬ人物が先にいた。
「……飛雄、」
私の声に反応して振り向いた飛雄は、ボールペンを右手に持っていて、それ。と私が飛雄の手を指さして言えば、ちらりとペンを持つ自分の手を一瞥し、飛雄は何も言わずに顔を上げる。
この前言い合いしたばかりで気まずいし、どうしようかと私が無言でいると、怖い顔をしてズンズンこちらに近づいてくる飛雄。
「わわっ、なんでこっち来んの？！」
「すみませんっした」
ビビる私に向かって、Aさんが言ってたことは間違ってなかったと飛雄は頭を深く下げた。
あの時は頭に血が上ってて…とか、及川さんに全く同じことを言われて…とか、飛雄は床に向かってひたすら反省に明け暮れている。
そんな飛雄に驚きながら、置きやすい位置にある飛雄の後頭部にぽんっと手をのせ、別に私は謝られる理由はないし、出過ぎた真似をしたと、私もあの日のことを思い出して謝る。
そして、ぽんぽんと二回ほど頭を軽く叩いてから手を退けると、飛雄は同時に頭をあげて、私を見たり床を見たりと落ち着かない様子で視線を泳がせた。
「…でも私は、選手としての飛雄に意見した訳じゃないし、
先輩として注意した訳でもないよ」
ただ大切な友達として、飛雄のことを心配して言ったんだと笑うと、飛雄は少し嬉しそうに、もう大丈夫ですと私に報告してくれる。
ありがとうございましたとお礼を言う飛雄に驚きつつ、いいんだよライバルの前に友達だからと言い返し、私は飛雄からボールペンを受け取ってジャージのポケットに入れる。
「喧嘩するなんて良い傾向かもね」
ね、マブダチ！と飛雄に向かってにっこり笑うと、飛雄はフッと力を抜くみたいに笑って、ゆったりと弧を描いたままの口を開いて私を見た。
「好きっす」
◇
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作者名：西川あや | 作成日時：2024年2月21日 11時
