イエス？ノー？ ページ4
男はプールサイドにあるレストランへ入っていった。
奥の席には、眉間にシワを寄せていらついたようにテーブルを爪で叩いている四十代の中国系の女が座っていた。
品のいいワンピースに身を包んだ女は腰まで延びた髪を緩く巻き、テーブルには高級ブランドのバックをおいていた。
男は隣の席の椅子を引き、女と並ぶように座った。
「待たせたかな。変わったところに呼び出したね」
英語で話しかけられた女はちらりと男を見ると、持っていた書類をバッグに入れ、膝にのせた。
「周りの人に聞かれないように、日本語でしゃべらない？」
女はそう話すと、日本語で続けた。
「人目があるば、貴方は妙な真似はできないでしょう？」
「随分な言い草だな。まるで僕が君を狙っているみたいだ」
「違うの？」
「君とは友人としていい関係を築けていたと......」
「余計なおしゃべりはなしよ」
男の言葉をさえぎった女は、男に険しい顔を向けた。
「私の提案に対する返事を聞かせて。
イエス？それともノー？」
男はフット微笑み、ウェーブがかかった前髪を整えて口髭をこすると、グッと女に顔を近づけた。
サングラスのせいで、男の表情は読めず、何を考えているのかわからない。
「返事をする前に、君が注文した品を当ててみせよう」
男は何も置かれていないテーブルから女に目を移した。
「アイスティーなんかじゃない。
シャンパーニュ......いや、ワインだ。赤ではなく白。よく冷えたムルソー」
女の目が見開くと同時に、ボーイがやってきた。
ワイングラスを乗せたトレイを持って、英語で話しかける。
「ムルソーをお持ちしました。」
「......ど、どうしてわかったの？」
「君の心を読んだのさ」
男は顔を下げ、上目使いで女をみた。
サングラスのすきまから、そのなまかめしい目をのぞかせる。
「あの、ワインは......」
「いらないわ」
女弾かれたように立ち上がり、戸惑うボーイの前を横切った。
「ああ、ちょっと」
立ち去ろうとする女に、男が声をかける。
「......なに？」
「答えはノーだ」
怯えていた女の瞳がみるみるうちに怒りに染まったかと思うと、憤然とヒールを鳴らして去っていった。
呆然と女をみるボーイの胸ポケットに、男は折り畳んだ紙幣を滑り込ませ、とんと叩いた。
「あ、あの......」
「助かったよ」
男は英語でボーイに声をかけ、人差し指を口元に当てた。
そしてサングラスを外し、笑みを浮かべた。
続く
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作者名：🌻Ｎｉｋｏ🌻 | 作成日時：2019年5月30日 21時
