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身体全体を重い鉛にでも変えてしまいそうな、ずっしりと伸し掛るような倦怠感。
(そりゃあ、初めて臨む長期の合同合宿だから、疲れるよな……)
温くなったハンカチを目元から取れば、腫れは何とか引いて元通りの目元になっていた。しかし疲れのせいなのか、鏡に映った自分の顔は顔色が少し悪いように見えた。
念のためとは言え、このポーチを持ってきておいて良かった。Aはそう思いながら、ポーチのファスナーを開ける。
そのポーチには、持ち運びしやすいカバー力の高いコンシーラーと血色感をよく見せるチークとリップが一体になったマルチアイテム、そしてそれらを崩れるのを防止してくれるクリアパウダーだ。これら全てつけて眠ってしまっても大丈夫とメーカー側が謳って販売している。
もしも体調が少しだけ優れなくて、でも休むほどでもなくて、周りに心配をかけたくないな、という時を考えて、合宿前に急いで買い揃えて準備したのだ。まさかその杞憂が現実に変わってしまって役に立つとは。
欠かさず塗布している日焼け止めを塗った後に、コンシーラーで透けて見えてしまっているクマを抹消させる。マルチアイテムを薬指に取って、頬の中心と唇に程よく乗せて、崩れてくるなよ…!という怨念に近いものを込めながらクリアパウダーを乗せる。
「よし、いつもの顔だ」
いつもの自分の顔。大丈夫、疲れてそうなさっきの自分はもういない。疲れているのは皆一緒だ。
この合宿に来ているマネージャーは6人いるが、音駒のマネージャーは私1人しかいない。
音駒の戦績をつけるのも細かい記録付けも選手の気分の浮き沈みも調子も何もかも。把握して次に繋げていくために頑張らなくては。
【繋げ】の応援期を実践するのは、マネージャーだって一緒だ。
「あと2日だ。頑張れ私、次へと【繋げ】」
半ば気合い入れのように、両方の人差し指で口角を上げて笑顔を作る。
笑顔はどんなものでも隠してくれる。
どんなにマメが破れて皮ズレを起こして血が出ていても、トウシューズを履いて舞台に立って、笑顔で踊れば、観客はその演者の足がマメが破れて皮ズレを起こして血が出ているなんて誰も思わない。その笑顔に騙されて、楽しそうに踊っているなと思うだけ。だから、笑顔は最強の隠蔽武器なのだ。
まだ皆寝静まっている校内に音を立てないよう、静かに元いた部屋へと踵を返した。
ラッキーアイテム
革ベルト
ラッキーカラー
あずきいろ
ラッキーナンバー
8
ラッキーアルファベット
X
ラッキー方角
西 - この方角に福があるはずです
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作者名:RiN | 作成日時:2024年3月14日 2時