2周年記念 拾弐「否定せず、然れども」 ページ33
「帰ったか?」
「ええ、帰ってもらったよ。」
部屋に戻るなり聞こえた問いに答えを返す。
すると、少し悩ましげに視線を彷徨わせて彼は告げた。
「今日の晩、此処を発とうと思う。」
「随分と急だね。もっと居てもいいんだよ?」
「いや、お前と話すのは楽しいだろうが、これ以上は俺が戻れなくなる。」
別れはいつも唐突だ。
話した言葉は少ないし、過ごした時間は1日にも満たない。それでも、彼との時間は楽しかった。
怪我も完治していないし、引き留めたくもあったけれど、私には止められない。
私なら、止めて欲しくないだろうから。
「そう。」
「ああ。」
それからは、他愛ない話をポツポツと語らっていた。空を駆ける気持ち良さや、森の妖達の話。心優しい妖や人間の話。
別れの時まで半日程はあったが、そう長い時間とは思わなかった。
いつも1人のこの家に、他者がいるというだけで嬉しかったのかも知れない。
今度は学校の友人でも、誘ってみようか。
星が瞬く夜、彼は空へと飛び出していく。
そのまま遠ざかって行くのかと思いきや、彼はこちらを振り返って再び私の目の前に降りて来た。
「どうしたの?」
悩ましげな顔を上げて、彼は私の目を見てこう言った。
「俺の名は
名を預けるというのは、彼等にとって最大の拘束だろう。翼を持ち、自由に空を駆ける鴉煌にとっては尚更。
「いつでも呼べ、すぐに行く……我が恩人、いや友の為に。」
そう言って鴉煌は飛び去っていった。
友ができるのは、いつだって嬉しいものだ。
貴志君と逢う前は考えもしなかった。
人間は皆、私とは違う景色を見ていて、心の何処かで私が遠ざけていた。
対して話すこともしない内に、人間の殆どは嫌いだと拒否していた。
嫌な奴もいるけれど、優しい人も沢山いる。嫌な奴でも本質を覗けば、良い所が見えるかも知れない。
今はそう思える。
だって世界はこんなに、優しい色で溢れているのだから。
ねぇ、もう大丈夫だよ。
あの頃とは違う。
"私"なら大丈夫。
いまは、幸せだよ。
「ありがとう!」
くるりと一回転すると濡羽色は、夜空の光を隠しながら遠ざかり、やがて星の影へと溶けていった。
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89*(プロフ) - ぱららさん» ぱらら様 コメントありがとうございます。素敵だと言ってもらえて、とても嬉しく思います。更新速度が遅く、お待たせしてしまうのが心苦しくもありますが、年明けからは多少なり余裕が出来ますので、お待ち頂ければ幸いです。今後とも宜しくお願い致します。 (2020年12月21日 22時) (レス) id: 514fce46fd (このIDを非表示/違反報告)
ぱらら(プロフ) - とてもお上手な作品です!私は未熟者なのでとても素敵だなぁと思います!更新とか頑張って下さい!楽しみにしてます! (2020年12月19日 18時) (レス) id: 528bfd8f20 (このIDを非表示/違反報告)
89*(プロフ) - 日向葵さん» 日向葵様 お返事が遅くなってしまい申し訳ありません。コメントありがとうございます。来月辺りから更新頻度を上げられればと考えておりますので、これからもよろしくお願い致します。 (2019年7月6日 16時) (レス) id: a2eb60a991 (このIDを非表示/違反報告)
日向葵 - とても素敵な作品です!!続きが気になります!! (2019年6月30日 16時) (レス) id: ea495e3633 (このIDを非表示/違反報告)
89*(プロフ) - 望月凛さん» 望月凛様 色まで塗って頂けるとは……補足は特にありません。それくらい作者のイメージ通りです。素晴らしいイラストをありがとうございます。 (2019年2月1日 21時) (レス) id: fe7ba8f509 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:89* | 作成日時:2019年1月10日 23時