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「黒川さんねえ、人気はあんだけど呑まれると気性荒くなんのが厄介なんだよなあ」
へらりと笑ったその男は、店にいる黒服で。強いて言うなら周りより少し若そうなのが印象的で何となく顔を覚えていた。入ったばかりだというのもあって人の名前と顔もまだ大分怪しい自分にしては良い方だろう。
「売れそうな新人に目付けんのやめねぇかな。.....まあ、不破さんも売れそうだって思われたってことですけど、嬉しくないよな」
「...ええ？っ、お」
「ナイスキャッチー」
ぶつくさと何かを言いながら投げ渡されたのは湿布だった。
「…...すんません。名前、」
「あー自分、内勤のAです」
名前を覚えていないと言っても気を悪くする様子はなく、むしろよろしくお願いしますと人の良さを感じさせる笑みを浮かべて彼は笑った。
「あ、湿布自分で貼れます？無理そうだったら手伝うけど」
「……」
「無言は肯定って言うんで、ほら服脱いで」
半ば強引な形で服を剥がされ、肌を冷たい感触が滑る。
それが目の前の男の指先であることに気付いて、自分より低い体温に何故かやたらとそわそわした。
「暫くは黒川さんにいびられるかもしんないけど、そんなみっともない真似すんのあの人だけなんで。耐えて。…最初の登竜門扱いなんすよあれが」
どんな登竜門だよって感じしますけど、なんて独りごちながら不満気な不服そうなそんな顔で俺の身体にまた指を滑らせた。冷ややかな指はくすぐったく感じたが、下心が1ミリもないのがわかるような優しい触れ方で湿布が貼られていく。やたらと慣れた手つきをしているから、新人がいびられる度ににこういう風に接してるんだろうなと思った。
そうやって考えたら、この人は心をすり減らしてないだろうかなんて。そんなどうでもいいことが気になった。ろくに関わったことのない俺みたいなのの怪我にすら痛そうな顔して。自分よりは確実に若い上にこんなところに居るのが似合わないくらいに表側の人間だから。勝手に夜の世界に向かない人間だと思った。
この世の中、この人みたいにやさしいだけではいきていけない。
「…なんでこんなとこで働いてんすか.....えーっと、Aくん」
「あー、…似合わないって？よく言われるんすよねえ、周りにも」
口をついて出た失礼な質問さえも嫌な顔一つせず拾ってまたもやおかしそうに笑っていた。
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作者名：南湖 | 作成日時：2023年3月15日 20時
