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「……………こ、こ？｣
道中花を買って連れられてきたのは、家から離れたところにある霊園だった。普段は寄り付かないその場所にわざわざ足を運ぶ意味、は。墓誌に刻まれた名前には当然だが見覚えがない。縁起が良さそうな字面だなというのが印象で、言ってしまえばそれだけだ。
「うん、付き合わせてごめん｣
どこか晴れやかな表情で笑うAくんは、持っていた花を置き、墓石の周りに落ちた花弁やゴミを片付けていく。ひとつひとつ何かを整理するみたいに時折その手は止まって、また動き出す。俺はそれをじっと見ていた。
見てるうちに頭で考えるより先に体が動いて、墓石を濡らしていた。水に濡れて黒々と光るそれを雑巾で拭き、汚れを落としていく。
暫く手入れされていなかったであろう墓石が綺麗になっていく様と、それを凪いだ表情で見つめるAくんを一生忘れないんだろうなと何となく思った。
そこからは互いに言葉少なに墓の周りを整えて、最後に打ち水で清めて、そして花を供えた。
「……ここにね、眠ってんだって。おれの、生みの親｣
そう言って、墓石をなぞる指先は優しい。Aくんが静寂を破って告げた言葉が俺の頭の中で反芻する。付き合いもそれなりに長くなって、お互いの出自や過去に触れることも当然あった。気を遣われるのが苦手だと言ったAくんのそれに触れる権利を俺はもっているからと、悪びれもなく聞いて、その度に嬉しそうに笑っていたのを思い出す。
Aくんが育ってきた環境や親だと慕っている店長の話、嬢に大層可愛がられてきた話なんかは確かに俺も知っている。
でも産みの親、つまりAくんを手放した人について詳しく聞くのは多分これが初めてだった。
「正直なこと言っちゃえば、全部どうでも良くて｣
高校を卒業する時に自分の産みの親の詳細を聞かされたらしい。墓の場所もその時に知って、それでもなお訪れはしなかった、と。聞かされた時、不思議と憎しみや妬み嫉みの感情はなかったこと。幸せそうな、如何にも恵まれてそうな字面の姓を見て馬鹿馬鹿しいと思ったこと。
一生この場所には訪れないと決めたこと。
父さんと呼んでいた店長をそう呼べなくなってしまったこと。
悩んでいた大学進学をやめて働く───黒服になる道を自分で選んだこと。
ぽつぽつと語り出すその顔はこちらからはよく見えなくて、ただ黙ってその話に耳を傾けた。
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作者名：南湖 | 作成日時：2023年3月15日 20時
