実九つ ページ9
御存知無いわよね、と小さく漏らす。鯉伴は山吹乙女の死に立ち会って居ないのだから、最期の言葉など知る筈も無い。鯉伴は続きを促した。
「母様は『永久に御慕いして居ます』と仰って居ました」
「乙女…………」
「正直、嫉妬致しました。だって、娘であるあたしには何にも云わなかったのに、昔愛した男には言葉を遺すなんて、そんなのって酷いわ」
「……悪いな」
「良いんです。高々十数年を共にした娘より、五十年以上の時を過ごした鯉伴様の方が大事に決まって居るもの。其れに、其の場に居ない人には言葉を遺さなきゃ何も伝わらないし」
そう云うAの顔は笑顔で、完璧に吹っ切れて居る事が分かる。自分也に消化出来て居るのだろう。鯉伴は眩しそうに目を細めて、言葉を紡ぐ。
「Aは、大人なんだな」
「百八十年も生きて居るのですから。鯉伴様には敵いませんが」
「ははっ、そりゃそうだ」
初めてちゃんと笑った鯉伴に、遠慮がちにAが訊く。
「あの、鯉伴様は……今も、母様を愛して居られますか」
「……今は、若菜が居るからな。だが、まあ、うん…………」
愛して居たよ、と申し訳無さそうに微笑む鯉伴、だがAは安心した様に笑む。
「安心しました。母様、死ぬ前に『鯉伴様に愛する人が出来て居るかしら』って、心配してて」
其処で鯉伴は気づく。Aは山吹乙女を愛して居るかとは訊いて居ない。Aは、最初から『母を愛して
Aは何処迄優しいのだろうと、鯉伴の視界が軽く潤む。邪険に扱い、挙句一年間も雪麗の家に閉じ込めた鯉伴に。其れがどれ程難しい事なのか、鯉伴には知り得ぬ。
「もう心残りは有りません。死ぬ覚悟は出来て居ります。どうか、私を母の許に……」
更に、Aは自分を殺せと云う。鯉伴は呆れ、物も云えなくなった。普通責められるべきなのは鯉伴である。しかしAは飽く迄自分が悪いのだと主張し、鯉伴を責める等考えても居ない。
鯉伴はすっと立ち上がり、Aの背後に立つ。Aは堅く目を瞑った。覚悟をしていようが、誰だろうと死ぬのは恐い。
「何か云いたい事は有るかい」
「其れでは一つ、伝言を……若菜様に、『罵って申し訳ありませんでした』って、伝えて」
薄らと微笑むAの白い首筋に、鯉伴の手が振り下ろされた。
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リオン - 更新並びに返事が遅くなってしまい申し訳ありません。少しずつですが頑張らせて頂きたいと存じます。 (2019年8月14日 10時) (
レス) id: 49ae8b1adf (このIDを非表示/違反報告)
みな - 続きが早く見たいです！ (2019年7月22日 21時) (レス) id: 14e40db715 (このIDを非表示/違反報告)
リオン - 美闇さん» コメントありがとうございます。遅くなって申し訳ありません。励みになります。頑張ります！ (2019年6月24日 16時) (レス) id: bdce8ce1ba (このIDを非表示/違反報告)
美闇 - ハマった('ω')これからも頑張って下さい！ (2019年6月19日 22時) (レス) id: 9b2e6e7bfa (このIDを非表示/違反報告)
リオン - 桜さん» コメントありがとうございます。頑張ります！ (2019年6月9日 14時) (レス) id: 0d22f7a27a (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：リオン | 作成日時：2019年1月11日 22時
