Dragon tale ページ44
*ウェールズside
「悲しくないの?」
俺がシェアハウスに戻った日、のんくんにそう聞かれた。いつもはうるさいスコくんもいーくんも、なんだかしおらしくてやりにくい。テレビのニュースの音と、紅茶の湯気だけが忙しなく俺たちの間を揺れる。
「悲しくないって言ったら嘘になるよ」
足を組んで、ミルクを入れてちょうどいい温度になった紅茶を一口。ふんわりと広がる茶葉の香りにミルクの甘み。シェアハウスに戻るに際して身辺を片付けたけれど、その全てに彼女の影がチラつく。本当は全部全部残して、箱庭のように眺めていたかった。これを買った時はこうで、あれを着た彼女は綺麗でって、そう一つ一つ思い出しながら過ごしたかった。
けれど思い切ることが出来たのは彼女が最期にくれた最高のプレゼントのおかげだと思う。どんなに上等な物でもそれが物である限り劣化するし壊れるけれど、彼女がくれたプレゼントは俺が消えない限りこの世からは無くならない。俺が消える時は、冥土の土産に彼女のプレゼントを天国に持っていくことができるのだ。そう思うといくらか心は楽だった。
俺が消える直前まで、俺はこのウェールズを守らなければならない。彼女が愛したこのウェールズを。俺にはどうしようもないと言ったって、彼女が確かに歩いたこの地を守りたいと思ってしまった。
俺は一呼吸おいて、笑って言う。きっと虚勢に見えるだろう。実際虚勢なのだ。ティーカップの持ち手を持つ手が微かに震えて、水面に波紋が広がる。
「でも、彼女にこんな辛い思いをさせなくて済むなら、俺が残る側で良かったよ」
「……ウェールズは大人だね」
彼は自分の持っているティーカップの中の紅茶を見つめた。いーくんが新聞を読むふりをしてこちらに耳を傾けているのにも、興味なさげにニュースを眺めるスコくんがちらちらと心配そうな視線を俺に投げかけているのにも気づいていた。
きっと今、俺が泣き出しても彼らは笑わない。
わかっているけれど、彼女のための涙はもうこれでもかと言うほど流してきた。誰もいない助手席、起きた時にも寝る時にも挨拶はなくて、オフィスの顔ぶれも総入れ替え。人と死に別れることには慣れてきたつもりだった。でも愛を誓った恋人との死別は初めてだ。本当は今すぐ泣きたいけれど、兄弟の前ではかっこつけたかった。
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