39話 ページ40
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次に彼と一緒に祖父の墓を訪ねたのは結婚式の真似事をした時だった。彼が祖父の墓がある私の故郷でやりたいと言って、そして決まった式だった。私の家族と、彼の兄弟たち、そして数名の友人たちだけのこじんまりした式。それでも母は私のウエディングドレスに感涙していた。
左手の薬指は光るけれど戸籍上は独身のまま。祖父の墓にそのまま供えたウエディングブーケ。彼は白いタキシードが汚れることも気にせず、膝をついて祈りを捧げた。
「ハネムーンはどこに行こうか」
式のあと家に帰ってきた私と彼。彼は手にいっぱい雑誌を抱えて、机に一つ一つ並べる。近場のフランスから遠い日本まで様々の国の観光雑誌。彼は楽しそうにそれを眺める。
「あなたの生まれた場所に行きたいです」
「……それって、ウェールズだよ?」
「あなたの最初の記憶の場所です」
「……ふふ、思い出しておくね」
そうあしらう。結局彼とは日本にハネムーンに行き、日本さんに挨拶して観光して帰ってきた。彼はすっかり忘れてしまったと諦めた頃、彼は私をドライブに誘った。自宅から2時間ほど車を走らせた先にあったのは森の中の大きな大きな木だった。
彼は迷わずその木に近づいて、手を触れ、おでこをくっつけた。まるで久しぶりに会う親友や恩人のようにその木に触れる彼。私がぽかんとしていると、彼は笑いながら手招きをした。
「俺の最初の記憶はね、この木の下で母上……、ブリタニアに物語を聞かせてもらったことだよ」
「ブリタニア……、ブリタニアさんは、その、もういないんですか」
「……うん、ローマやゲルマンと一緒にどこかに消えちゃった」
きっと俺も、彼はそう言いかけて言葉を濁した。風が青々とした草の匂いを運ぶ。マイナスイオンに溢れたこの森は、自然豊かなウェールズの中でも群を抜くだろう。私は大きな木の幹にそっと手を添える。まるで全力で走った後の血液の巡りのように、なにか不思議なものが私の身体を駆け巡るような感覚がした。
こらえがたい涙。どこかが痛いわけでも、なにか悲しいことがあったわけでもないのにぼろぼろと止めるに止められない涙。彼は笑いながら私にハンカチーフを差し出した。
「ふふ、Aちゃん気に入られちゃったみたいだね」
「どういうことですか?」
「森の妖精、もっと言えばこの木の妖精かなぁ」
「科学の時代にそんな冗談、やめてください」
「俺もね、その冗談みたいな存在だよ」
わけも分からず涙を流す私を、彼はそっと抱きしめた。
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