36話 ページ37
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私はウェールズを愛している。豊かな自然も、文化も、歴史も、愛する我が祖国。最初はそれだけだった。彼のことも所詮は祖国としてしか見ていなかった。でも彼と関わるうちに彼に恋心を抱いた。紳士的なのに少しドジで、優しくて気遣い上手で。ぜんぶ彼だ。
私は彼の震える手を握った。決定的な言葉がなくたって、私はきっと彼に一生を捧げただろう。答えも決まっている。しかし彼の誠意に応えたい。私は彼の瞳を見てはっきりと。
｢……はい、よろこんで｣
彼はガッツポーズでもするかのように私の手を強く握り返す。緊張が解れたように大きなため息をつきながら膝に肘を置いて頭を抱える彼。勢いよく飛び起きたと思うと、握った手を引っ張って私を強く抱き締めた。
｢やっと言えた｣
耳元の彼の声。身体に響く心臓の音は私のものなのか、彼のものなのかわからない。何度も愛してるとつぶやく彼に、私は頷いて相槌をうって、私も愛してると返す。
｢お祖父さんにね、話したんだ。君とのこと｣
帰りの車の中で、彼はそう言った。すっかり暗くなってしまった空。空気が冷え込んで指先と足先がかじかむ。彼の長い祈りの中には祖父との対話があったらしい。ハンドルを握る手、彼の瞳は前方を向く。流れる景色。
｢祖父は何か言っていましたか｣
｢ふふ、君の幸せを願うってさ｣
｢……祖父らしいです｣
思わず笑みがこぼれる。彼が本当に祖父と話したとしても、ただ私を和ませるための冗談だとしてもどちらでもいい。祖父ならそう言うだろう。祖父は彼を敬愛すれど彼に会ったばかりの私のように崇拝はしなかった。祖父も彼自身を見ていたはずだ。そのうえで、祖父は彼を祖国として人として慕っていた。
車で私の自宅アパートまで送ってくれた彼。家に着く頃には20時を回っていた。お礼を言って車を降りようとすると、手を引かれる。後頭部に添えられた手。軽くキスをして彼はまた明日、と微笑む。
車を降りて、去っていく彼の車を手を振りながら見送る。自然とにやけてしまう口元、恥ずかしいけれど悪い気はしない。父も母も、祖父も祖母も、こうやって神様に愛を誓ったのだろうか。私にもそんな相手ができるのだろうかと夢物語だったけれど、それが現実になった。
浮つく気分と足取りで、今までのどんな時よりも明るい気持ちで家に入った。間違いなく今日は人生最高の日の数えられる。
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