34話 ページ35
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彼と落ち合った都心部では曇っていたけれど、郊外に出てしまえばよく晴れた空だった。いつもは香り高い紅茶を好む彼だけど、運転中はコーヒーを飲む。ミサの時間に合わせていつもデートをするよりもずっと早い時間に待ち合わしたせいか少し眠い。
祖父の墓がある私の故郷の教会に着くともうミサは始まっていた。有志の聖歌隊が歌う中、私と彼はこっそり入っていって1番後ろのチャーチチェアに座る。白いレースのベールを被って手を組む。私は熱心なクリスチャンじゃない。でも彼は、この場にいる誰よりも深く深く祈りを捧げているように見えた。
ミサに来ている人のほとんどはミサの後のお喋りを目的に来ている。私が顔見知りと一言二言交わすうちも、彼は磔にされたイエスの像をぼうっと眺めていた。人がまばらになった頃、彼はすっと立ち上がり、私に手を差し出して言う。
「行こっか、お祖父さんに会いに」
一度車に戻って、来る途中に買った白いカーネーションの小さな花束を取り出す。今日の彼は、いつものデートをするような可愛らしい紳士の装いではなく、オフィスよりもずっとフォーマルなスーツを着こなしていた。
教会裏の墓場の中で祖父を探す。墓石に彫られた『愛するウェールズに眠る』の文字。その言葉の溝を指でなぞる。私に祖国を愛する心を教えてくれた祖父はもういない、その事実がまた私の涙を誘う。何度ここに来たか分からない、その度に祖父は私の泣き顔を見る。
彼は膝を着いて泣く私の背中にそっと手を当てて、私の着ている服よりもずっと高価なスーツの膝が汚れることも気にせず膝を着いた。そして花束を墓石に置いて、目を閉じる。
(何を考えているの)
彼の深い祈り、その祈りにはいったいどんな思いが込められているのか。私にはとても想像がつかない。
ふと、その緑の瞳がまぶたから姿を現した。彼は優しく微笑む。私の涙はもう止んでいたけれど、その微笑みがあまりに慈愛に満ちていて。聖母様、と思わず泣きつきたくなってしまう。
「Aちゃんは前に、俺の物語が終わらないことを願うって言ってたよね」
墓場全体が見渡せる教会裏にピッタリとついたベンチに肩を並べて座ると、彼がそう言った。青々とした空、教会の影になったベンチ。随分とまあ、私でも忘れかけた前の言葉を彼は覚えているものだ。私が頷くと、彼は空を見上げて続けた。
「俺の物語は君と出会ってから始まったんだと思う」
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