32話 ページ33
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イングランドは熱が冷めたのか、またリビングに戻ってフットボールの観戦を再開した。すっかり冷めてしまったココア、それでも優しさの分だけど暖かく感じる。
「一緒に住もうって頭を下げてきたのは、他でもないイングランドなんだよ」
彼がそう言う。あのプライドの高そうなイングランドが頭を下げるところなど想像出来なくて。しかし、何千年という私にはとても想像つかないほどの過去のしがらみを彼らが振り切るには、イングランドが頭を下げる他ないのだろう。
「正直想像できません」
「じゃあ今からもう1回下げさせる?」
「やめてください!」
冗談だよ、と笑う彼は少し酔っているらしい。ふと腕時計を見るとちょうど夜の10時を回る。どうやって帰ろう、ぼんやりとそんなことを考える。彼は私の考えてることを見透かしたように言う。
「そろそろタクシー呼ぼうか」
「お願いします」
私がそう言うと彼は部屋の中に入って行った。私はマグカップに3分の1ほど残った冷たいココアと共にバルコニーで彼を待つ。この騒がしい家から離れる、そう考えると少し物寂しく思ってしまう。楽しかったデートもここで終わり、明日仕事で会える彼ともお別れ。思わずため息をついた。
ふわっと、突然暖かい厚手のニットのガウンに身を包まれる。驚いて振り返ると彼が驚きすぎだと笑っていた。ガウンからは香水やタバコではない彼の匂いがして、なんだか落ち着かない。
「タクシー呼んだよ、15分くらいで来るって」
じんわりと温まっていく身体。帰りたくない、そんな言葉を喉元で留まらせる。その後はタクシーが来るまでとりとめのい会話を繰り返していた。バルコニーからタクシーが来るのが見えると、急いで準備をする。
また来てね、と笑う北アイルランドさん。スコットランドさんとイングランドはあまり興味なさそうに見送るばかり。私がタクシーに乗り込むと、彼も乗り込んできた。運転手に自宅の住所を伝えると、タクシーは走り出す。
揺られ始めて10分。何度も方が当たって、その度にもうお別れだと思っていた彼が隣にいることを思い知る。最初の信号に差し掛かったところで私は彼に切り出した。
「あの、送ってくださるんですか」
「うん、当たり前でしょ、デートなんだから」
彼はそう笑って私の手を握った。明日も会えるけれど、それはあくまで仕事。私と彼ではなく、部下と上司、そして国民と祖国の関係である。私はそっとその手を握り返した。
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