28話 ページ29
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わからない、そう言う彼は私を見る。両手で持っていたカップを片手に持ち替えて、彼は私の髪に触れた。
「こんなに可愛いのに口説かれるのに慣れてないとか、お祖父さんからどんな風に俺について聞いてたとか、どんな子供だったかとか」
髪を撫で下ろすとするりするりと彼の指の隙間から髪の毛が逃げていく。全て逃げ切ると彼はまた私の髪を撫で下ろす。それを繰り返しながら彼はぽつりぽつりと言葉をこぼしていく。
「俺についてどう思ってるか、とか。俺、Aちゃんについてなんにも知らないや」
だから教えて、と。そう微笑む彼。何から話せばいいのか分からないけれど、彼のことを知りたいと思うのと同じくらい、彼に私を知って欲しいと思ったのも事実で。私もまたぽつぽつと思い出すように話す。
「私は、おじいちゃんっ子でした。祖父は知っての通り軍人上がりでしたし、私も、実は軍人になりたかったんですよ。髪も今よりずっとずっと短くて、後ろ姿は男の人に間違われるくらいでした。長弓だって、やってみたかったんです、力がなくて断念しましたけどね」
うんうんと小さく頷きながら彼は私の話を聞く。軍人になりたかったと言えば少し驚き、長弓を断念したと言えば残念そうに小さく笑って見せた。
「祖父は、あなたを慈愛に満ちた聖母のようで、誰よりも強く厳しい英雄のようだと言ってました。……私もそう思います」
「褒めすぎだよ、俺、ちょっと恥ずかしい」
ぽっとほんのり赤くなった顔を彼は両手で覆って隠す。私たちが座るベンチの真上びあった枯れた葉が、風に煽られて枝から手を離す。その様子を2人で見上げていた。
「俺はね、……俺はAちゃんに会うまで自分のことも、他の国たちのことも国以上の何物でもないって思ってたよ。俺は国の化身で、それ以上でも以下でもない。多少無理しても壊れない身体だし、無茶もしたと思う。……俺を神格化してたAちゃんがね、俺をまるで人みたいに扱うから、俺も人なんじゃないかって思えてきてるの」
空を見ているのか、枯葉が散っていったその枝を眺めているのか分からない彼。雲の隙間から月が見え隠れする。今日は三日月だ。
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